sakstylr
http://iddy.jp/profile/sakstyle/
http://twitter.com/sakstyle/
Dec 21, 2008
12:10am
命題の話とか
- urza358: 名詞だけでは文章にならないから命題にならないよね、っていう確認がしたかっただけ。 [http://twitter.com/urza358/status/1043376362]
- urza358: いやでも名詞だけでも文になるように文法を決めればいいから、そうとも言い切れないのかな。まあとりあえず自然言語、ってか日本語についてだけならおkだろう。 [http://twitter.com/urza358/status/1043377076]
- at_akada: 一語で文になると言えば、言語ゲームって基本的には「石版!」が「石版を持ってこい!」を意味するような限定された言語ルールが通用する場面のことだよね。たぶん。 [http://twitter.com/at_akada/status/1043382670]
- sakstyle: ローカルルールを設定してやれば、一語でも命題を表すことができるか [http://twitter.com/sakstyle/status/1043387278]
- sakstyle: フレーゲのいう「思想」って、命題のことって考えていいのかな [http://twitter.com/sakstyle/status/1043387732]
- pubkugyo: 命題と文との区別に注意しないと……いや、そもそも、命題なんて抽象的実体はあるのか? あるいは、それを導入すると何か説明したことになるのか? [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043387954]
- sakstyle: @ pubkugyo 今思いついたのに過ぎないんですが、文と命題を区別しておくと、命題が文(言葉)以外で表現されるということができるんじゃないですか。例えば、命題的態度。命題が、脳の神経の結線 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043393005]
- sakstyle: @ pubkugyo 命題が(文ではなくて)神経の結線で表現される、とか [http://twitter.com/sakstyle/status/1043393474]
- pubkugyo: @ sakstyle 文やその他のものが命題を表現する、という言い回しは、単に「有意味である」を別の(奇抜な存在者を仮定した)言い方にしただけではないのか、というのが、G. Harmanの反論なのです。 [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043395521]
- shinimai: @ sakstyle ジンとベドイトゥングなら、命題と考えても間違いないけど、内包的な意味も含んでいると、思うから、命題とイコールにつなげていいかは微妙な問題。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043402178]
- sakstyle: @ pubkugyo なるほど、確かにそうですね。ただ、「有意味である」にしても、それが何を意味しているのかということを考えるとー。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043403825]
- sakstyle: 意味だか命題だか、どっかにあったりするのかどうか問題。僕は、意味とか命題とかいうのを情報と言い換えて、情報とは何か問題といいたい [http://twitter.com/sakstyle/status/1043407040]
- sakstyle: 情報は、言葉を離れても「ある」のではないか。情報が「ある」といえるのかどうかはよく分からないんだけど。ただ、情報だけがごろっと「ある」というのはなさそう。必ず何か媒体があるとは思う。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043409265]
- urza358: あーそうか思い出した。「ホームズの髪の毛の本数は偶数か奇数」は命題なのに「ホームズの髪の毛の本数は奇数」は命題じゃない、っていう話題ね。 [http://twitter.com/urza358/status/1043432356]
- urza358: まずその前者は命題で、後者は命題じゃないっていうのは本当なのか、なんか違う気がするんだが、ホームズが実在しないなら、ラッセルの解釈では前者も命題じゃないと思うんだが。 [http://twitter.com/urza358/status/1043434044]
- at_akada: @ sakstyle 命題=真理値を持つもの、という定義もわりとふつうに使われているよ。非古典な体系だと通用しなくなっちゃうけど。 [http://twitter.com/at_akada/status/1043437398]
- pubkugyo: ラッセルの記述説(サールの記述の束説)の問題点:不完全性定理を証明した人がじつはゲーデルでない別人だった場合、ゲーデルという名前はその別人を指示していることになる。 [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043464460]
- urza358: @ sakstyle うーん、でもね、その理 屈だと「お化けのQ太郎は存在する」は偽になるけども「お化けのQ太郎の髪の毛の本数は偶数か奇数か」は命題になりえて、答えは真ですよ。この現象を説明できなくないですか? [http://twitter.com/urza358/status/1043467066]
- ke_ta: カルナップは文の内包が命題(=フレーゲの意義)で外延が真理値(フレーゲの意味)だと言ってたか [http://twitter.com/ke_ta/status/1043469191]
- urza358: @ sakstyle 図像が存在しても髪の毛の本数が明示されていないキャラクターはいっぱいいるわけで、そういったキャラクタの髪の毛の本数に関する命題は僕は成立しないと思うんだけども。 [http://twitter.com/urza358/status/1043488891]
- shinimai: @ pubkugyo ラッセルの基本的な認識論によれば反論可能だと思う。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043490886]
- urza358: つまり、ホームズの存在とか、図像の存在とか、そういう存在論の話になると、急に可能世界とかの話になっていってしまうんだけど、命題化可能性の分岐点は「存在の真偽」ではなくて、記述の有無、テクストから類推可能性をどこまで認めるか、ということに絞った方がクリアなのではないか [http://twitter.com/urza358/status/1043491366]
- sakstyle: @ urza358 存在と記述の区別に関しては了解です。というか、僕もわりとそう思っています。ただ、僕とうるさざんの間で違っていたのは多分、「命題」という言葉の使い方だったのではないかと思います。 akada さんに指摘されたんですが。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043494782]
- shinimai: 命題って言葉が何をさしているかは、未だ誰もわかってないと思よ。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043498266]
- shinimai: ライカンの言語哲学入門をおすすめする。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043498510]
- shinimai: いっとくが西村先生の分析哲学の理解はあてになりませんからね! [http://twitter.com/shinimai/status/1043500006]
- pubkugyo: @ shinimai 三浦俊彦の『ラッセルのパラドクス』はたしかそれも含めてラッセル擁護をしていたように思います。ほぼ未読ですが。 http://www.amazon.co.jp/dp/... [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043506159]
- shinimai: @ pubkugyo たぶんけっこうラッセルは強力な主張していると思っているし、おれサール=ラッセル派だからな [http://twitter.com/shinimai/status/1043507126]
Page 1 of 1