sakstylr
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Jul 7, 2009
1:09am
"CydonianBanana's remark about 'Children Shout Shit! Shit! Shit!' by Yuya Sato"
- CydonianBanana: 帰宅。「子供たち怒る怒る怒る」読書会だった。何を隠そう、佐藤友哉の作品の中では個人的に一番好きな小説。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2497941861]
- CydonianBanana: 僕は自分たちが属するコミュニティとその《外部》との軋轢として読んだけど、やっぱりみんな考えることは一緒か。それだけこの短編集全体としての方向性がきちんと定まっていたということであって、同時に懐が狭いということでもあるのかな。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2497990859]
- CydonianBanana: 「大洪水と小さな家」は、なかなか売れない自分の小説を支持してくれる読者と作者自身との共同体として三兄妹を捉えてみれば、物語の最後で《外部》からの影響を徹底的に遮断していた三兄妹という共同体が破綻するのは、そのまま「クリスマステロル」以前の作者の成り行きとして読めると思う [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498111340]
- CydonianBanana: 「慾望」で描かれる不条理で怪物然とした4人の生徒たちだって、担任教師からは怪物のように映っていても、彼ら側から見れば担任教師たちこそ怪物のように映っているのだろうし、ここにはマイノリティとして社会と折り合いをつけられない人間が淡々と描かれている。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498170841]
- CydonianBanana: ただここで弱いのは、折り合いをつけられないならどうするの? という苦悩や逡巡を全く描かないことによって、なんだか盛大に投げっぱなして終わり、みたいなところがある点。世代間の軋轢として読むにはあまりに貧弱すぎるので、やっぱりここは、わかり合えない外部があるんだなあと述べるにとどまる [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498202261]
- CydonianBanana: 前半三篇でたまったフラストレーションや投げっぱなし感は、表題作以降の三篇で回収される。とくに「子供たち怒る怒る怒る」の牛男の存在は大きく、牛男によって作家自身の苦悩が反転させられているとも言える。あるいは作者は、すべてをひっくり返す力としての牛男を切望していたのかもしれない。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498253387]
- CydonianBanana: それとも、自分が牛男になろうとしたのか? [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498254860]
- CydonianBanana: 後半二編には《外部》の世界と折り合いをつけられない状況を何とか打破しようとするバイタリティに溢れている。あるいはここに、作者自身の開き直りがうかがえるのかもしれないね。売れないなら売れないで別にいいじゃん、という「大洪水と小さな家」での立場とは、非常に対照的だと思う。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498288821]
- CydonianBanana: この短編集は、この順序で作品が収められていなければ成立しないんだろうし、これが最初「リカちゃん人間」で締めが「死体と、」とかだとやっぱりダメなんだよな。牛男は短編集全体の雰囲気をいっぺんに反転させるだけの力を持っているのだな。なんかいろいろ強烈な本だった。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498328685]
- CydonianBanana: なんにせよ、佐藤友哉という作家について語るには欠かせない作品だと個人的には思っているのだった。 [http://twitter.com/CydonianBanana/status/2498360806]
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