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“The Curtain(Twitter Edit)”(三題噺「パルコ、檸檬、象」byjoe_kuga)
井の頭公園を抜けて、通りに出るとあま りの人だかりに少し驚いた。上京したての頃は、この通りをできるだけ避けるようにして駅へ向かっていたものだ。昔のことを思い出して、なんだか懐かしく感 じた。今も昔もあまり変わっていない。人混みが苦手なのは田舎者のさがなのかもしれない。
通りに並んでいる鮮やかなショップの数々に目を奪われながら、目的地を目指す。休日の通りは、地元のお祭りのように人がたくさんいて、なんでこんなに人が来るかな、と思う。地元じゃいつも駅前はすかすかだ。こんなに人がいるのは、もしかするとよっぽど暇なのかもしれない。
きょろきょろとしつつも、いつの間にか 目的地へ着いていた。見上げる。PARCOと、大きな文字が視界に飛び込んだ。吸い込まれるようにして自動ドアを通り抜け、中へ入る。あまり入ったことの ないそこは、まるで異世界のようだった。僕は案内板で目的の場所を探す。家具でいいのだろうか。
いつまでも案内板を見続けている訳には いかなかった。背後には人の気配がする。なんとなく気恥ずかしくなって、その場を離れた。お陰で階が分からない。まあいいか。別に急いでいないので、ぶら ぶらと探索をすることにした。ふだんは来ないPARCOだし、と我ながら貧乏くさい考えで、歩き始める。
今日はカーテンを買うつもりだった。 カーテンがPARCOにあるのかどうか、あいにく知らない。どうしても、という彼女のために、買い物にやってきていた。実家から送られたカーテンは、どう やら彼女のお気に召さなかったらしい。当然というように、彼女はカーテン代を出してくれた。二万円だった。
二万円で彼女のお気に召すカーテンが買 えるかどうか分からなかったが、とりあえず受け取った。適当に安いのを買って、あとは自分のお小遣いにでもしようと思った。それくらい、彼女は許してくれ るだろう。隣に彼女がいないことが少し寂しいけれど、それも仕方ない。彼女は忙しいのだ。
広々とした店内を見渡すと、彼女に似合 いそうな服がいくつもあって、カーテンなんかだんだんとどうでもよくなってくる。この服を彼女が着たら、と想像すると、自然と頬が緩んだ。これは似合うと か、これはさすがにとか、いろんなことを考えながら店内を散策する。想像の中だけでも、デートを楽しんだ。
ようやく目的のカーテンを発見した。その店は、階の一番奥にあった。まるで人の目から逃れるかのように、ひっそりと佇んでいる。店の入り口も、どこにあるのか一見して分かりにくい。たしかに店はそこにあるのに、注意しないと意識されない。そんなお店だった。
くたびれた四十代くらいの女性が、一人 だけいた。存在感が薄くて、注意しないと見落としてしまいそうな人だった。彼女はあまり化粧をしておらず、PARCOという空間にはそぐわない印象を受け る。自分というものをあまりに主張していないのだ。僕はこんにちは、と言った。彼女は返事をしなかった。
カーテンを探しているのですが、と僕は 言った。何を遮るの、と彼女は言った。注意しないと聞き逃してしまうほど、小さな声だった。遮る?一瞬言われた意味が分からずに、空白が訪れる。その空白 を突くように、カーテンくらいで遮ることができるのならば世の中楽なのにね、と彼女はシニカルに笑った。
それでもカーテンが必要なんです、と僕は苛立ちを抑えて言った。彼女のために。彼女?と彼女は言った。そうです、彼女です。僕はいくらか語気を強めた。あなた、彼女のためにカーテンを買うの?それであなたは遮るの、カーテンに。ううん、と彼女は首を振る。遮られるの?
内と外を遮るんです、窓に付けて。僕は 苛立ちをはっきり表して言った。へえ、と彼女は動じなかった。知ってる?と彼女は丸椅子に腰掛けて、足を組んだ。ロングのスカートから、生えてくるように 真っ白な脚が飛び出してきた。僕は思わず死線をそちらに移して、それから彼女の顔を見た。
物事には常に二重の意味があるの。彼女 は魅力的な脚を、組み直した。僕の視線はそれに釣られてしまう。梶井の『檸檬』と同じよ、と彼女は脚なんて問題じゃないとでも言うように、意味深な視線を 寄越した。あなたは私の視線にどんな意味を持たせたのかしら。僕は何も言わなかった。
それで、と僕は言った。カーテンを探し ているんです。知ってる。彼女はまた脚を組み直して言った。どうして顔はこんなにも印象に残らないのに、脚だけは魅力的なのだろうと不思議に思いつつも、 僕は繰り返した。カーテンを……。彼女は溜息を吐いて、それから丸椅子から立ち上がった。
これは。そう言って示したのは、レモン イエローのカーテンだった。梶井の『檸檬』とかけているんですか。僕はうんざりしながら、他のカーテンを探した。彼女は無邪気な少女のように笑いながら、 私ならこれを選ぶけれどね、とおかしそうに言った。僕は彼女を無視して、他のものを探した。
再び丸椅子に収まった彼女を横目で見つつ、ゆっくりと店内を歩き回った。どうやら彼女の店は、テーブルクロスやカーテンを売るような店らしい。色鮮やかな商品たちが目に映った。けれど、主の性格を引き継いでいるのか、色使いの派手さに比べると、どこか印象に残らない。
レモンイエローのカーテンもそうだっ た。あまりに派手なのに、なぜだか印象にまったく残らない。僕は彼女の方を見やった。彼女は本を読んでいた。黄色い本だ。また『檸檬』に引っかけているの かと思いつつ、書名を確認した。村上春樹の『象の消滅』だった。自意識過剰な本だ、と僕は視線を元に戻した。
ねえ、と五分くらい黙々とカーテンを探 し続ける僕に、彼女が話しかけてきた。なんですか、と振り向くと、彼女は丸椅子から立ち上がって、どうしてそんなにカーテンが必要なのと尋ねた。だから彼 女のために買うんですよ、と僕が言うと、じゃあその彼女はどうしてカーテンが必要なの、と言う。
さあ、と僕は正直に答えた。ときどき僕 は無意味に正直すぎるところがある。そのときも後悔したときには遅かった。じゃあ、やっぱりあなたの彼女はあなたと自分との間に境界線を作りたいんだ。ど うして?カーテンよ、と彼女は目を輝かせていった。高校生みたいだ、と僕は目尻の皺を見つつ思った。
そんなはずがない、と僕は反射的に答え た。けれど本当にそう言えるのだろうか、とも思った。彼女は僕の逡巡を嗅ぎ付けたのか、さらに目を輝かせた。やっぱり。やっぱり、じゃないですよ。彼女と の仲は順調です。何一つ問題はありません。何一つ問題のないカップルなんて、そうそういないわよ。
僕は客なんですよ。あなたも店員なら、 カーテンを売ってくださいよ。それとも売る気がないんですか。さっきから買うなと言っているようにしか――。知ってる?と彼女は僕の言葉を遮った。この小 説の中でね、と『象の消滅』を僕の手に渡した。象が消えるの。正確には象係の人も、だけど。
だからどうしたんですか。僕は言った。 ぱらぱらと貢を捲っていくと、「象の消滅」とある。象はね、と僕がその短編に辿り着いたのも見計らったように彼女は喋りだした。理由もなく、原因も分から ず消えてしまうの。それって、なんだか不思議じゃない。まるで理由も告げずに消える恋人みたい。
どうしたってあなたは、僕と彼女の仲が 悪いように仰りたいようですね。僕は彼女に本を突き返して、店から出ようとした。知ってる?三度、彼女はそう言った。デイヴィッド・リンチの『ツイン・ ピークス』の中で、とっても変な女性が出てくるの。変なのって言っても、みんなどこか変なんだけどね。
それがなんですか。僕はとうとう声を荒 げてしまった。けれども彼女はまったく動じない。彼女はカーテンを開け閉めするのよ。夫は浮気していて、自分は片目がなくて、みんなから変な奴って思われ てる。でも、彼女、途中で記憶喪失になっちゃうの。なぜだか自殺しようとしちゃって。
私ね、カーテンってそんなものな気がす るの。要するに、と彼女は真剣な表情をして言った――それでも印象は変わらなかったが。何かを遮ってしまうことは、何かを消失させてしまうような、ね。 『檸檬』の中の檸檬って爆発すると思う?私はすると思うよ。物事には二重の意味があるから?僕は言った。
そう、だから私はカーテンを買わない方 がいいと思う。彼女は言い終わると、ふっと顔を緩めた。印象の薄い笑顔が、表情に浮かんだ。僕は何も言わなかった。店の境界に立って。でも、僕は買わなけ ればならない、と言った。彼女のために。別れると分かっていても?彼女は悲しそうに言った。
まだ分からない。でも本当は分かってい る……?別れない。絶対に?絶対に。じゃあ、と彼女は青と白のストライプのカーテンを差し出した。これはどう?僕はそれをまじまじと眺めた。それが彼女の 趣味にあっているかどうか考える。たぶん大丈夫と思って、僕はそれをくださいと言った。いくらですか。
一万二千円。彼女は素っ気なく答えた。僕は言われた額を財布から出して、袋に入れてもらった。ありがとうございました。儀礼的な台詞を彼女が面倒臭そうに言って、それから小さな声で、頑張ってねと言った。そっちの方が親密そうな言い方だった。苦笑しつつも、僕は店を出た。
店を出ると、なぜだか振り返ってはなら ないという気がした。たぶんあの店はもうPARCOには存在していないだろう。そんな予感があった。外に出ると、太陽に眩んだ。幻覚だったのかと思ったけ れど、大きな袋が現実を伝えていた。僕は相変わらず人の多い通りを通って、アパートへ向かった。
公園を通り、馴染みの階段を上る。その 先にアパートはあった。アパートの階段を上り、鍵を取り出す。一緒に旅行したときに彼女が買ってくれたストラップが付いている。あれはいつだったっけ。少 しくたびれたストラップを見ながら、ドアを開けた。家の中に写真があったはずだ。あとで確認してみよう。
靴を脱ぎ、ドアを閉めると、部屋の匂い を感じた。この匂いに、彼女はどれくらい含まれているんだろう。早速カーテンを取り替えることにして、少し手間取りながら古いカーテンを取り外した。古い カーテンは少し湿っていて、埃っぽい。それを紙袋の中に押し込み、新しいカーテンを付ける。
部屋の中に新しいものが入って、どこか よそよそしくなっている。緊張感の増した部屋の中で、僕は彼女にメールを送った。カーテン変えたよ。仕事中なのか、返信は来なかった。僕は上手くカーテン を開閉できるか、何度か動かしてみて、出来栄えに満足した。それから、僕は写真を探すことにした。
一緒に撮った写真は机の上に飾ってあっ た。僕は一枚一枚それを眺め、旅行のときのものを探した。なかなか見付からず、引き出しの中にある写真も探し始めたが、散らかっていて探しづらい。掃除も かねて写真を探していると、けっこうな時間を食ってしまった。携帯電話で時刻を確認すると、六時だった。
彼女からの返信は、まだなかった。僕は もう一度メールを送った。今日は忙しいの?携帯を閉じて、夕食を作り始めることにする。いつもなら、七時を少し過ぎたくらいに彼女は帰ってきて、一緒にご 飯を食べる。それが日課だった。それから僕たちは一緒にテレビを観たり、一日の出来事を話したりする。
夕食を作り終えると、七時を過ぎてい た。彼女のことをつらつら考えながら作っていると、やたらに時間を食ってしまった。鳴らなかったので何も来ていないはずなのに、携帯を確認して、何の連絡 もないことに落胆した。そうするとPARCOの女のことを思い出した。カーテンは遮る、と彼女は言った。
もしかしたらこのまま彼女は来ないのか もしれない。そして永遠に僕は彼女に遮られてしまうのかもしれない。不安が押し寄せて、とりとめのないことを考えてしまう。何がいけなかったのだろうか。 机の上に並べた食器をぼんやりと眺めていると、時計の針はいつの間にか八時を指していた。
再び無意味に携帯を確認して、さらに不 安が押し寄せてきた。予言のようにPARCOの女の言葉が頭に浮かび、逃げ出したい衝動に駆られた。再び彼女にメールを送り、それから細々と夕食をとっ た。食事を終えても、メールの返信さえなかった。彼女の身に何かあったのか心配になってくる。
いつもはかけないはずの電話をかけ、電 源が切れていると機械的に告げられる。物事に二重の意味があるならば、このことは彼女に何かあったことを告げるんじゃないだろうか。それとも、他の男と一 緒にいるのだろうか。混乱しながら、自分の食器を片付ける。時間だけが過ぎていき、彼女は帰ってこない。
彼女の姿を探そうと、窓の外を見ようとした。けれど、外の風景はカーテンに遮られて、見ることができない。青と白のストライプ。その健康的な色に、夜の闇は隠されてしまっている。僕は当てもないまま、静かな部屋で彼女を待ち続ける。