December 2008
37 posts
“講義では知覚、時間、帰納法、確率論などをテーマに大森がまず自分の考えを述べ、学生がそれを批判する。学生の批判が正しいと見るとただちに自分の非を認めた。しかしその批...”
– その他のInfo(2003/8/31)-暮らしを考える- (via thinkeroid)
Dec 22nd
7 notes
081219「ラジオサヴァイヴ増刊号 むいしゅきんナイト――ユリイカ初音ミク特集」(Muichkine...
tricken: 「Tricken:」は外して編集しました。 ■当日の流れ(Twitter) @Muichkine Skypeなら自分も参加してみたいなあ。寝ないとだめっぽい体調だけど。 2400から筑波USTにSkype参加します。 http://www.ustream.tv/channel/survive 筑波USTにSkypeでゲスト参加。 http://www.ustream.tv/channel/survive ■起床後のTwitter うわー、たぶん寝落ちした。今起きた。 3時30あたりからの記憶がない。寝落ちしたからな。 180分あると、360シーン分割 30秒ごとに話題が変わる。 昨日は、なかなか文面では話せなかった話が沢山できてよかった。あとうどんゲルゲさんに告白できてよかった。(私は芸能人よりニコのクリエイタに対して緊張してしまうらしい)...
Dec 20th
6 notes
民間心理学と科学心理学
sakstyle: 最後に佐倉さんがさらっと言ってた話は、戸田山さんの「心理学の哲学」的な話に繋がると思う。というか、そんなにさらっと流せる話でもないだろ、と思ってしまう、人文側としては [http://twitter.com/sakstyle/status/1069090769]
sakstyle: 今の、「人文側としては」には(笑)をつけるつもりだったのが、先に post してしまった [http://twitter.com/sakstyle/status/1069091749]
sakstyle: つまり、民間心理学と科学心理学はどう繋がっていくのかという話。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069092293]
sakstyle: 佐倉さんが最後に言っていたのは、「民間心理学とか結構あってる。でも、国や文化によって結構違う部分もある。科学心理学で人類の普遍的なものが明らかになる。」という感じ。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069094509]
sakstyle: 民間心理学と科学心理学の関係は色々考えられる。一番過激なのは、科学心理学が発達すれば民間心理学が間違っていたことが明らかになる、というもの(消去主義)。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069097506]
sakstyle: いやいや、民間心理学って結構使えるよという立場もある [http://twitter.com/sakstyle/status/1069098116]
sakstyle: 民間心理学は、科学哲学の専門用語。一般の人々が、普通にお互いの心について推測する時とかに使っている理論のこと。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069100054]
sakstyle: 普通に、人々は、「あの人は怒っている」とか「彼は~について知っている」とか「彼女が~したのは、~と思っていたからだ」とか述べるが、それは心について何某か知っているから。その何某かのことを、民間心理学と呼ぶ [http://twitter.com/sakstyle/status/1069103493]
sakstyle: 科学哲学の世界だと、まずセラーズがそれを「心の理論」と呼び、その後、その弟子であるチャーチランドが「民間心理学」と呼ぶようにした、らしい [http://twitter.com/sakstyle/status/1069109845]
sakstyle: 民間心理学なんて、単なる社会的実践・規範にすぎないよ派。民間心理学は、心についての理論だけど間違っているよ派。民間心理学は、道具として役に立つよ派。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069115956]
sakstyle: 佐倉さんは、「情けは人のためならず」ということわざを例に出していたけど、このことわざは情けをかけた方がいいよという単なるメッセージだよ派。実はちゃんとした心の働きについての説明だよ派。まあわりと役に立つよ派。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069118800]
sakstyle: 英語だと folk psychology 。あと、常識心理学 Commonsense psychology って言い方もあるみたいだ。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069120931]
sakstyle: で、何の話だっけ。そう、民間心理学と科学心理学の関係について。佐倉さんのコメントだと、民間心理学が科学心理学で基礎付けられるといいですねみたいな感じで、まあそれができればいいなあと思うけど、実際はどうなんでしょうかという話 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069123460]
sakstyle: 心理学じゃないけど、例えば神経科学とか使って、脳の働きが神経細胞の活動レベルで説明できたとして、それと民間心理学でいうところの心はどう関わっているのか [http://twitter.com/sakstyle/status/1069125356]
sakstyle: さっきの番組の話だと、「実は自由意志なんてなかったかもしれないんですねー」みたいなコメントがあったが、自由意志というのは民間心理学の語彙なので、科学心理学によって説明されるものなのかどうかが、まず問題とならなければいけない [http://twitter.com/sakstyle/status/1069127447]
sakstyle: 消去主義の立場からすれば、自由意志という概念はそもそも間違っていたので、科学心理学の発展で必要なさそうだと分かればその概念ごと消してしまって構わない。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1069129408]
sakstyle: あるいは、自由意志というのはそもそも人の心の働きについてではなく、社会的実践に関わる語彙であるという立場にたてば、科学心理学が自由意志なんてものないですよと主張しようが関係なく、自由意志という言葉は存在できる。(例えば、法廷なんかでは自由意志という言葉を使えた方がよいはず) [http://twitter.com/sakstyle/status/1069131533]
shokou5: folk psychology に関してはサールの立場が一番しっくりくるな。複数の説明レベルを認める。 [http://twitter.com/shokou5/statuses/1069139465]
thinkeroid: 自由意志については、「誘惑される意志」とか「自由は進化する」の解説から、意志は決定論的であるが、それを計算することは出来ないという考えで落ち着いている[http://twitter.com/thinkeroid/statuses/1069156134]
Dec 20th
2 notes
進化と論理
at_akada: ふと思ったけど、進化って何でループしないのかな。どっか途中の過程で、無限ループになってもおかしくなくない? 進化にもキャッシュとかマークアンドスウィープみたいな仕組みがあったらおもしろいな。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029271990]
at_akada: @ thinkeroid 進化ってとちゅうで無限ループになったりしないんですか?ループにならないとすれば、何か理由ってありますか? [http://twitter.com/at_akada/status/1029273189]
at_akada: 自分で考えた仮説。(1)無限ループになるにはとても長い時間が必要で、地球の歴史はそれに足りない。(2)枝のいくつかが無限ループになっても、体勢に影響ない。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029276292]
at_akada: (3)進化の大部分は偶然によるものなので、同じ環境が同じ進化を生むとはかぎらず、ループの可能性は低い。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029276417]
at_akada: ×体勢→○大勢でした。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029276981]
at_akada: あ、可能性が低いって言ってしまった。蓋然性が低いだった。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029277446]
thinkeroid: @ at_akada 半可通の言葉を使って言うと、「半順序だから」ということで。三中信宏な受け売りですけど。 [http://twitter.com/thinkeroid/status/1029331806]
at_akada: @ thinkeroid 半順序を強制する仕組みが進化のなかにあったりするんですか? / 素人の素朴DQN質問なので、答えづらかったら適当に流してくれていいのですが。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029333954]
at_akada: とりあえず時間の流れは非対称なのでツリーになるのもわかるのだが、同じパターンの繰り返しになることはないのかなーとか思ったり。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029335633]
thinkeroid: @ at_akada 半順序ということの意味は、生殖=遺伝=染色体継承のメカニズムを「≧」と解釈=表現したもの、で、半順序構造にあって「同じパターン」というタームが定義できますか? [http://twitter.com/thinkeroid/status/1029337080]
at_akada: @ thikeroid いや、「同じモノ」にもどっていくような経路があれば、ツリーじゃなくてネットワークになるので、もう半順序ではないわけですが、その「戻らない」という非対称性がどこから生じるのか、うーんという感じです。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029340316]
at_akada: @ thinkeroid とりあえず、『進化において「同じパターン」なるものがそもそも定義できないので、「戻る」ことはない』と言われれば、1つの説明としては「なるほど、そうかも」と思えます。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029341428]
at_akada: @ thinkeroid 一応発想の順番としては、「(プログラミングにおける)データ構造としてのツリーとネットワークについて考えてた」->「そういえば進化ってツリーだよな」->「なんでネットワークじゃなくてツリーなのかな?」という感じでした。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029342420]
thinkeroid: @ at_akada ええ、そういう逃げになります。戻らないという非対称性も「うーん」です。また、その発想の順番は妥当です。非対称性については、私はそれが「世界」の基底のひとつで、いまわれわれのいる世界は「時間の非対称性」と「空間の対称性」が直交する結び目ということでいかがですか。 [http://twitter.com/thinkeroid/status/1029345893]
at_akada: 三中信宏さんの関心に近そうではあるな。新書の方は読んだのだが、こっちも読んでみよう(積み本に1冊ストック)。 http://tinyurl.com/5o2gwo [http://twitter.com/at_akada/status/1029348102]
thinkeroid: @ at_akada 生物系統学は学説史なので、思いっきり引きずり回されて、理論的にはあまり読み込めませんでした。私も初学者の時に読んだんですが。 [http://twitter.com/thinkeroid/status/1029349694]
at_akada: @ thikeroid なるほどー。目次も学説史っぽいですねー。「半順序をなす構造って生物だけじゃないよ」という視点はおもしろいなーと思うんですが。 [http://twitter.com/at_akada/status/1029352772]
thinkeroid: @ at_akada そのブログを読んで思ったのは、論理が進化学的な(=非生物ながら自然選択原理に基盤を置く)ものであるとすると、認識は他人からの較正を経ていなければならない。独我論的状況を仮定すると、認識は較正されないまま発散する、 [http://twitter.com/thinkeroid/status/1032289803]
at_akada: 較正というのはキャリブレーションのことなのか。 [http://twitter.com/at_akada/status/1032296083]
thinkeroid: 論理の進化といって、おそらく「チンパンジーには理性はないけどヒトには理性がある」というようなゴミのような話ではなく、いくつもの(可能な)論理のうちでもっとも一貫したものだけが「論理」として認められる、という、論理そのものが他の非論理的論理に対して選択されるという。 [http://twitter.com/thinkeroid/status/1032297894]
at_akada: @ thinkeroid なんか紹介によると、「進化学から論理学を演繹できる」って書いてあるらしく、それと「進化によって論理が進化した」という話がどうつながるのか気になるところです。 [http://twitter.com/at_akada/status/1032299064]
Dec 20th
7 notes
ドゥルーズについて
natsume_yoh: ドゥルーズの基本的な思考は基盤としての超越的な存在をおかず、何の基盤もないところに差異の変化を見ていくということ。特にこれは経験論的な部分からアプローチされている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1043243506]
natsume_yoh: それで超越的な主体を置かないためにも私の感覚だけではなく、他者の感覚、あるいは人間以外の感覚すらも取り入れて生をそして世界を見ていこうとする。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1043245708]
natsume_yoh: ここではとりあえず非人称的な視点として映画のカメラやモンタージュの技法が挙げられたりしている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1043246245]
natsume_yoh: 生や世界はだから、無数(私、他者、人間以外も含む)のいろんな感覚の接続によって出来ているというのがたぶんドゥルーズのイメージ。そしてそれがたぶん機械という概念になっているのだろうと思う。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1043247191]
natsume_yoh: また、私たちはその機械と機械の接続から欲望を生み出すことができる。私(機械)と他者(機械)が出会う(接続される)ことで愛(欲望)が生まれる。たぶんこんなイメージだと思う。ドゥルーズ/ガタリはこれを欲望する諸機械と言っている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1043249024]
Dec 20th
7 notes
命題の話とか
urza358: 名詞だけでは文章にならないから命題にならないよね、っていう確認がしたかっただけ。 [http://twitter.com/urza358/status/1043376362]
urza358: いやでも名詞だけでも文になるように文法を決めればいいから、そうとも言い切れないのかな。まあとりあえず自然言語、ってか日本語についてだけならおkだろう。 [http://twitter.com/urza358/status/1043377076]
at_akada: 一語で文になると言えば、言語ゲームって基本的には「石版!」が「石版を持ってこい!」を意味するような限定された言語ルールが通用する場面のことだよね。たぶん。 [http://twitter.com/at_akada/status/1043382670]
sakstyle: ローカルルールを設定してやれば、一語でも命題を表すことができるか [http://twitter.com/sakstyle/status/1043387278]
sakstyle: フレーゲのいう「思想」って、命題のことって考えていいのかな [http://twitter.com/sakstyle/status/1043387732]
pubkugyo: 命題と文との区別に注意しないと……いや、そもそも、命題なんて抽象的実体はあるのか? あるいは、それを導入すると何か説明したことになるのか? [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043387954]
sakstyle: @ pubkugyo 今思いついたのに過ぎないんですが、文と命題を区別しておくと、命題が文(言葉)以外で表現されるということができるんじゃないですか。例えば、命題的態度。命題が、脳の神経の結線 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043393005]
sakstyle: @ pubkugyo 命題が(文ではなくて)神経の結線で表現される、とか [http://twitter.com/sakstyle/status/1043393474]
pubkugyo: @ sakstyle 文やその他のものが命題を表現する、という言い回しは、単に「有意味である」を別の(奇抜な存在者を仮定した)言い方にしただけではないのか、というのが、G. Harmanの反論なのです。 [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043395521]
shinimai: @ sakstyle ジンとベドイトゥングなら、命題と考えても間違いないけど、内包的な意味も含んでいると、思うから、命題とイコールにつなげていいかは微妙な問題。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043402178]
sakstyle: @ pubkugyo なるほど、確かにそうですね。ただ、「有意味である」にしても、それが何を意味しているのかということを考えるとー。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043403825]
sakstyle: 意味だか命題だか、どっかにあったりするのかどうか問題。僕は、意味とか命題とかいうのを情報と言い換えて、情報とは何か問題といいたい [http://twitter.com/sakstyle/status/1043407040]
sakstyle: 情報は、言葉を離れても「ある」のではないか。情報が「ある」といえるのかどうかはよく分からないんだけど。ただ、情報だけがごろっと「ある」というのはなさそう。必ず何か媒体があるとは思う。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043409265]
urza358: あーそうか思い出した。「ホームズの髪の毛の本数は偶数か奇数」は命題なのに「ホームズの髪の毛の本数は奇数」は命題じゃない、っていう話題ね。 [http://twitter.com/urza358/status/1043432356]
urza358: まずその前者は命題で、後者は命題じゃないっていうのは本当なのか、なんか違う気がするんだが、ホームズが実在しないなら、ラッセルの解釈では前者も命題じゃないと思うんだが。 [http://twitter.com/urza358/status/1043434044]
at_akada: @ sakstyle 命題=真理値を持つもの、という定義もわりとふつうに使われているよ。非古典な体系だと通用しなくなっちゃうけど。 [http://twitter.com/at_akada/status/1043437398]
pubkugyo: ラッセルの記述説(サールの記述の束説)の問題点:不完全性定理を証明した人がじつはゲーデルでない別人だった場合、ゲーデルという名前はその別人を指示していることになる。 [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043464460]
urza358: @ sakstyle うーん、でもね、その理 屈だと「お化けのQ太郎は存在する」は偽になるけども「お化けのQ太郎の髪の毛の本数は偶数か奇数か」は命題になりえて、答えは真ですよ。この現象を説明できなくないですか? [http://twitter.com/urza358/status/1043467066]
ke_ta: カルナップは文の内包が命題(=フレーゲの意義)で外延が真理値(フレーゲの意味)だと言ってたか [http://twitter.com/ke_ta/status/1043469191]
urza358: @ sakstyle 図像が存在しても髪の毛の本数が明示されていないキャラクターはいっぱいいるわけで、そういったキャラクタの髪の毛の本数に関する命題は僕は成立しないと思うんだけども。 [http://twitter.com/urza358/status/1043488891]
shinimai: @ pubkugyo ラッセルの基本的な認識論によれば反論可能だと思う。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043490886]
urza358: つまり、ホームズの存在とか、図像の存在とか、そういう存在論の話になると、急に可能世界とかの話になっていってしまうんだけど、命題化可能性の分岐点は「存在の真偽」ではなくて、記述の有無、テクストから類推可能性をどこまで認めるか、ということに絞った方がクリアなのではないか [http://twitter.com/urza358/status/1043491366]
sakstyle: @ urza358 存在と記述の区別に関しては了解です。というか、僕もわりとそう思っています。ただ、僕とうるさざんの間で違っていたのは多分、「命題」という言葉の使い方だったのではないかと思います。 akada さんに指摘されたんですが。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1043494782]
shinimai: 命題って言葉が何をさしているかは、未だ誰もわかってないと思よ。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043498266]
shinimai: ライカンの言語哲学入門をおすすめする。 [http://twitter.com/shinimai/status/1043498510]
shinimai: いっとくが西村先生の分析哲学の理解はあてになりませんからね! [http://twitter.com/shinimai/status/1043500006]
pubkugyo: @ shinimai 三浦俊彦の『ラッセルのパラドクス』はたしかそれも含めてラッセル擁護をしていたように思います。ほぼ未読ですが。 http://www.amazon.co.jp/dp/... [http://twitter.com/pubkugyo/status/1043506159]
shinimai: @ pubkugyo たぶんけっこうラッセルは強力な主張していると思っているし、おれサール=ラッセル派だからな [http://twitter.com/shinimai/status/1043507126]
Dec 20th
1 note
Perfumeは人工的じゃない
urza358: perfume=人工的、人形みたいな言説はいい加減やめようぜ [http://twitter.com/urza358/status/1068821053]
urza358: シークレットシークレットの「切なさ」が少女性に依存してるとか、ファックすぎる言説。 [http://twitter.com/urza358/status/1068822538]
urza358: そもそもシークレットシークレットが切ないという主張は、普遍性をもたない。 [http://twitter.com/urza358/status/1068824129]
urza358: こういうファックな言説を読むと、批評というのは常に反社会的犯罪であって僕を感動させたときにだけその罪を酌量されるのだと思う。 [http://twitter.com/urza358/status/1068825698]
urza358: @ esehara これなんですけどね。 http://tinyurl.com/3qun67 [http://twitter.com/urza358/status/1068851093]
urza358: perfumeが「人工的で作り物であるからこそ「本当」への欲望が加速する」とかね、それは無理あるだろと。僕個人のperfume体験で言うとそういうシークレットシークレットにそんな文脈はないよと。 [http://twitter.com/urza358/status/1068852132]
urza358: というのも、僕も最初perfumeは「のれない」と思っていたのだが、ニコ動のperfume動画をめぐっていくうちに判明するのは、本物のperfumeがいかに生生しい「広島の売れないアイドルワナビ」たちだったかという事実で、 [http://twitter.com/urza358/status/1068853438]
urza358: ベタベタのアイドルっぽい歌を懸命に歌い、踊るperfumeとか、アイドル事務所のオーディションを受けた当時のperfumeとか、そもそもperfumeはメンバー全員の名前に「香」がつくからそういう名前だったのに1人脱退してそういう真の由来が隠蔽されたとか、 [http://twitter.com/urza358/status/1068854971]
urza358: 特にあ~ちゃんを核としたの生々しいワナビの実像がニコ動に晒されてて、「実は彼女たちはこんなに苦労してたのか」という実感を伴ったとき、僕の目に映るperfumeはもはや「人工的なアイドル」ではなかった。だから僕はあ~ちゃんが一番好きだ。 [http://twitter.com/urza358/status/1068856391]
urza358: perfumeにはそういうシンデレラストーリがあるのであって、(それが本物であるかどうかは重要ではない)ニコ動のperfume動画の米ではそういう物語が明らかに共有されていたのであり、ファンが「本当の」perfumeが知りたいのに知れない、といった切なさはなかった。 [http://twitter.com/urza358/status/1068859330]
urza358: そういう文脈も踏まえずに歌詞からファンの欲望を読み取り、「「切なさ」の正体が、案外、消費社会に消費され、規律訓練を受け、あっという間に年をとり可憐ではなくなると言う少女の身体性に依存しているところが随分と馬鹿馬鹿しい」というのはとんでもない藁人形の捏造である [http://twitter.com/urza358/status/1068860435]
urza358: これがファックでなくてなんなのだ。perfumeに少女の身体性を読み取るが間違っているのは「perfumeは少女であった頃からデビューしたのに売れず、モー娘路線のアイドル少女から変容したことによって売れた」という文脈から考えれば論を待たない [http://twitter.com/urza358/status/1068863551]
urza358: perfumeの踊りを見てそこに人工的とか没個性とか操り人形とかいうのを連想するのは間違いであって、あれは彼女たちが子供の頃からアクターズスタジオれ練習を積みその後も長い時間を共有してアイドルユニット「perfume」を磨きあげてきた証であり、音楽性が変わっても、 [http://twitter.com/urza358/status/1068869458]
urza358: かわることのないperfumeの連続性を保障しているのはまさにあのダンスなのであって、あれこそが彼女たちの歴史であって、そこには生々しい人間としてのあ~ちゃん、かしゆか、のっちが存在しているというのに、なぜその魂を見つけらないんだ。藤田は節穴か、ファック。 [http://twitter.com/urza358/status/1068872054]
urza358: あ~ちゃんが何度かコメントしている「自分たちは口パクだけど、こういう形のアイドルがあってもいい」っていう趣旨の発言のヤバさ、その掛け金のデカさを批評家はもっと擁護しろ。アイドルが自分でそんなこと言ったのに、スルーして「「現実のフィクション性」=「書割性」」とか、どうでいいわ! [http://twitter.com/urza358/status/1068876564]
urza358: 3人のうちで一番歌が上手いのはあ~ちゃんで、昔のあ~ちゃんはもっと気持ちを前面に出して歌う感じだったけど、今はあえてystkのスタイルで歌ってるんだよ。その上で「本番口パクでも、歌としてアリなら、アイドルとしてもアリでしょ」って言ってんだよ、 [http://twitter.com/urza358/status/1068879502]
Dec 20th
11 notes
分類の話(フォークソノミー)
optical_frog: たとえば,ある図書館にサールの『言語行為』を入れるとする.内容で考えるなら,この本は「哲学」の棚にいれてもいいし,「言語学」の棚に入れてもいい. [http://twitter.com/optical_frog/status/1043393346]
optical_frog: でも,1冊の本の置き場はひとつしかない.2つの棚に同時に置くことなんてできない.だから,この本は「哲学」か「言語学」か,どちらか1つの棚に入れられる.これが伝統的な分類. [http://twitter.com/optical_frog/status/1043394783]
optical_frog: フォークソノミーは,この本に2つのタグをつける:「哲学」・「言語学」の両方だ.もっと増やしてもいい.場合によっては「これはすごい」と「これはひどい」が共存することだってあるかもしれない. [http://twitter.com/optical_frog/status/1043395725]
optical_frog: これで問題があるとしたら,それは物理的にどれかひとつの棚におかれなきゃいけないっていう制約があるときだ.で,物理的な図書館ではたしかに不都合が生じる.でも,デジタルな本・画像・動画などなどには,そういう不都合はでてこない. [http://twitter.com/optical_frog/status/1043397437]
optical_frog: 分類には「事実」が主たる争点になるものと「アクセス」が主たる争点になるものがある.動物の分類は前者.ニコニコ動画なんかのアイマスMADのタグは後者. [http://twitter.com/optical_frog/status/1043403209]
Dec 20th
3 notes
Dec 17th
Dec 17th
6 notes
トダヤマ講義
shinimai: ところで明日、東大で戸田山先生の授業があるぞ! [http://twitter.com/shinimai/status/1058488384]
shinimai: 戸田山先生の授業はニゲンから。10時20分から [http://twitter.com/shinimai/status/1059680938]
shinimai: トダヤマ講義始める。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059712070]
shinimai: 実況しようか? [http://twitter.com/shinimai/status/1059714110]
shinimai: 心の哲学と心理学の哲学の違い [http://twitter.com/shinimai/status/1059726736]
shinimai: 心理学の哲学は科学哲学だが、心理学は古い科学哲学を前提にして間違っていた。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059729893]
shinimai: 実況する余裕ない [http://twitter.com/shinimai/status/1059733894]
shinimai: エリザベートが心身問題を指摘しました、デカルトに。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059739864]
shinimai: 心身問題の解決法 [http://twitter.com/shinimai/status/1059747119]
shinimai: 一つは共通原因としての神 [http://twitter.com/shinimai/status/1059751068]
shinimai: 心身に因果関係があるように見えるのは神がシンクロさせてるからっていう主張 [http://twitter.com/shinimai/status/1059753902]
shinimai: もうひとつはdouble aspect説 スピノザとか。神すなわち自然の二つのめんです。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059758536]
shinimai: デカルトの問題はまだ解決されてませんん。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059760872]
shinimai: ユイブツ論的に心をどうやって説明するか? [http://twitter.com/shinimai/status/1059762907]
shinimai: 二つの解決パターン。1追い出す。2埋め込む [http://twitter.com/shinimai/status/1059765357]
shinimai: 1としてライルの哲学的行動主義 [http://twitter.com/shinimai/status/1059766452]
shinimai: 哲学的行動主義の難点、行動に表れない心的状態 [http://twitter.com/shinimai/status/1059779214]
shinimai: 2として、シンノウ同一説 [http://twitter.com/shinimai/status/1059789468]
shinimai: 痛み=c繊維の興奮っていう話。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059795880]
shinimai: 心脳同一説はタイプ同一説 [http://twitter.com/shinimai/status/1059800632]
shinimai: 同一はあぽすてりおりな科学同一性 [http://twitter.com/shinimai/status/1059807361]
shinimai: 同一説は還元主義で説明できる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059809309]
shinimai: 同一説の難点、経験的な証拠としてのカソセイ。動物の心の問題。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059813729]
shinimai: 思考実験としての反論はエイリアンとかサイボーグの心などの問題。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059816042]
shinimai: どちらにせよ多重実現可能性があるから、タイプ同一とはいえない。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059820158]
shinimai: 機能的関数はチューリングマシーンで実現できる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059830093]
shinimai: 脳もチューリングマシーンとしてあるなら機械も心がある。といえる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059835635]
shinimai: 心の多重実現可能性を主張したのはパトナム [http://twitter.com/shinimai/status/1059837405]
shinimai: で、次に出てきたのが、機能主義。ジェリーフォーダ。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059839594]
shinimai: 機能主義のテーゼ:トークン同一説と非還元的唯物論 [http://twitter.com/shinimai/status/1059843069]
shinimai: トークン同一だと、心理学的法則は物理学的法則に橋渡しできない。よって非還元主義。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059849107]
shinimai: 機能主義は心の状態のタイプは、機能によって決まる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059853983]
shinimai: 機能=input output other stateの関係性 [http://twitter.com/shinimai/status/1059860040]
shinimai: ま、いわゆる実体から関係へってやつ。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059861749]
shinimai: 例えば、自然数論から集合論へ。ツェルメロとかノイマンとかの自然数の定義 [http://twitter.com/shinimai/status/1059866742]
shinimai: 自然数の2とかは実体を問うのではなく、関係を問うのだ。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059869660]
shinimai: 機能主義は心理学の自律性を主張できる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059871422]
shinimai: 機能主義は心のモジュール性とか、 [http://twitter.com/shinimai/status/1059882209]
shinimai: さらに機能主義は、表象、計算、トウゴロンでせつめいする。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059890339]
shinimai: 機能主義の問題点:哲学的ゾンビー、クオリア [http://twitter.com/shinimai/status/1059898946]
shinimai: なぜか、あずまんがのゆかり先生が登場した! [http://twitter.com/shinimai/status/1059901243]
shinimai: もうひとつの機能主義の問題:志向性の謎[http://twitter.com/shinimai/status/1059908757]
shinimai: チューリングテストのはなし。精神科医の真似をするeliza。実際に治療した例もある。 [http://twitter.com/shinimai/status/1059916188]
shinimai: 哲学的思考実験としての中国語の部屋 [http://twitter.com/shinimai/status/1059918414]
shinimai: ようするに、機能主義は意味論をどうやって説明するのか?[http://twitter.com/shinimai/status/1059921388]
shinimai: 心の哲学の総括。機能主義はよい理論だが、二つの問題を残した。クオリアと意味の謎 [http://twitter.com/shinimai/status/1059926416]
shinimai: 午後のぶ開始。だが携帯の電池がやヴぁい [http://twitter.com/shinimai/status/1060047671]
shinimai: 概念分析と思考実験の限界 [http://twitter.com/shinimai/status/1060055074]
shinimai: 概念分析によって形而上学ができるためには基礎的概念が1世界の実相を反映2固定的3分析可能でなくてはならない。. [http://twitter.com/shinimai/status/1060062266]
shinimai: パトナムのcluster conceptについて。例、エネルギー [http://twitter.com/shinimai/status/1060073149]
shinimai: 意味論的外在主義と言語的分業 [http://twitter.com/shinimai/status/1060075048]
shinimai: 思考実験の役割、本質とグウユウ性の分離 [http://twitter.com/shinimai/status/1060083682]
shinimai: 思考実験の例:人格同一性。パーフィットのやつとか [http://twitter.com/shinimai/status/1060089787]
shinimai: 思考実験批判:想像力の限界、バイアス、backdoor analyticity [http://twitter.com/shinimai/status/1060091450]
shinimai: 心理学の哲学とは、心理学と、心の哲学の橋渡しであると。 [http://twitter.com/shinimai/status/1060101961]
shinimai: 心理学にたいする科学哲学を導入する。 [http://twitter.com/shinimai/status/1060107179]
shinimai: 今までの心理学が導入したダメな科学哲学の話に行きます。 [http://twitter.com/shinimai/status/1060110561]
shinimai: 科学哲学の根本問題。合理主義と経験主義のギャップをどうやって埋めるのか。 [http://twitter.com/shinimai/status/1060123891]
shinimai: 科学方法論の問題と実在論、反実在論の問題 [http://twitter.com/shinimai/status/1060126788]
shinimai: 論理実証主義の三種の神器、公理的方法、文脈的還元と集合論的構成、理想元と道具主義 [http://twitter.com/shinimai/status/1060147025]
shinimai: 公理系としての科学、公理=自然法則、対応規則が必要 [http://twitter.com/shinimai/status/1060161315]
shinimai: ケイタイの電池がやばくて、途中までしか実況できなかったが、終わった。面白かったしためになる。 [http://twitter.com/shinimai/status/1060241775]
Dec 15th
9 notes
“尚、この本を読んでいる際、以前斉藤環氏が仰っていた心理学者と脳科学者の対立、すなわち、「始めに心ありき。目に見える物は全て幻であり、リアルに感じる物がリアルである...”
– http://d.hatena.ne.jp/Lian/20081210/1228853909
Dec 14th
1 note
“ 意識が進化の上でなんの役割も果たしてないっていう主張には,なんだかものすごく不可思議なものがある.意識がそういう役割をいくつも果たしているのは自明だからだ.この...”
– サール「生物学的現象としての心」をスローペースで訳読 (16):完
Dec 14th
1 note
徹夜の宴その2
natsume_yoh: @ joe_kuga そういえば存在云々の話が面白そうだったんだけど、空海のあれと存在の話はなんだったの? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055592626]
joe_kuga: @ natsume_yoh そんなことを言われても俺にどうしろって言うんだw価値の無底性っていっつも言ってるじゃんw(前まで不底性と勘違いしてたけど) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055593718]
natsume_yoh: @ joe_kuga いやさあ、自分の主張がなんか単一の真理がそこに存在して、それにむかって云々的であって、そんなのデリダとかドゥルーズとかを読めば無理すぎるwwwwとしか思えないわけで。それでもそういう問題に対して条さんってどうするのかなと思ってた。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055595943]
joe_kuga: @ natsume_yoh これは単純に事実だから面白くないよ。存在それ自体が文字であるなら、別に書く必要もなく俺のやっていることというか俺がこの世にいる時点で俺の文学は完成している、と。それだけのこと。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055596230]
natsume_yoh: @ joe_kuga 存在は文字じゃなくて、形式じゃないの?という意地悪な質問をしてみる [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055597720]
joe_kuga: @ natsume_yoh 存在をどう捉えるかは詰めておきたい。けれど、前提として宇宙自体が文字なんだから、存在も文字でおkじゃね。形式という以前に、宇宙に含まれている存在である以上、存在は文字でしょう。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055601745]
natsume_yoh: @ joe_kuga きっとそのあたりをカルナップたんを交えて@sakstyleさんあたりが詳しくTLで教えてくれると思うよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055602445]
natsume_yoh: ちょっと飲み物持ってくる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055603081]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや自分の考えをそもそも表明しろよw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055605535]
sakstyle: @ natsume_yoh ちょ ww 夏目 www  俺、カルナップとか知らないって [http://twitter.com/sakstyle/status/1055606125]
sakstyle: @ joe_kuga でも、宇宙自体が文字ってどういうことか。普通に考えると、よく分からないんだけど。分からないのは、空海まとめを読んでいないから? [http://twitter.com/sakstyle/status/1055607577]
joe_kuga: @ natsume_yoh 眠いとか、お前、俺明日フェルメール展に行かなきゃいけないんだぞwww8:50に上野駅に集合でwww [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055609493]
joe_kuga: @ sakstyle 100%そうだと思うよw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055610716]
natsume_yoh: @ joe_kuga それはちょっと言葉を万能化しすぎじゃないかな? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055612199]
joe_kuga: @ natsume_yoh 言葉、というか、文字だけど、別に声でも変わらないと思うよ。仏でも構わない。けれど声=文字=仏になっている訳で。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055614881]
natsume_yoh: @ joe_kuga 存在の話だって、存在を物象化しないと語れないわけで。そもそも論理学的に考えれば存在するは形式に変換されるよ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055616010]
joe_kuga: よくよく考えたら、声=文字=仏って、あれだな、空也像に繋がるな。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055617070]
natsume_yoh: @ joe_kuga その=は同価値って意味それともそれは同じものであるって意味? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055618106]
joe_kuga: @ natsume_yoh 六塵に存在の要素は含まれると思うけど。「六塵ことごとく文字」だから、別に形式でもいいのかな。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055619612]
joe_kuga: @ natsume_yoh 同じもの、って意味。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055620255]
natsume_yoh: 情熱大陸を聴きながら、TLを眺めているけれどなんか壮大な歴史の一頁にいる気がする。あくまで気がする [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055621193]
joe_kuga: @ natsume_yoh それは文字に還元して声を考えているから、そうなるんだよ。ソシュールの「差異の体系」に接近するけど、現実の発話「あ」の差異――例えば条の声「あ」と夏目の声「あ」は違う――が、空海的には文字である、という認識。簡略化していえば。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055626784]
natsume_yoh: @ joe_kuga ごめんどうでもいい議論を繰り返そうとしてた。この地点は確か前に通過してたね [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055627043]
natsume_yoh: @ joe_kuga といっても形式まで文字であるといわれてしまえば特に何も言うことがないんだよなあ。本当に特に何もない話だったなあ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055631292]
natsume_yoh: @ joe_kuga なんかここまで話してきて思ったこと言うと、考え方がもろデリダですねよくわかりますって感じなんだけど。よくあずまんを読み込んでるなあwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055632856]
joe_kuga: @ natsume_yoh だから最初に言ったのに…。その事実を前にして、俺の課題は、じゃあ何故「書く」のを選択するのか、というところ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055635119]
natsume_yoh: @ joe_kuga なんか条さんの話ばっかりしててもあれだから、最近のなっちゃんのエントリとかどうよ? http://tinyurl.com/6y67gb [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055637007]
joe_kuga: @ natsume_yoh 「存在論的~」に書いてるの?まだ読んでないから知らないけど。まあこの考えのオリジナルの教授が、デリダを参考にしてるとか言ってたから、接近するんだろう、きっと。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055637038]
natsume_yoh: @ joe_kuga 少なくとも一番最初にやってたひどく生産性のない議論で条さんが言っていたことはもろデリダだった。で、なっちゃんすごいデリダに批判されてるフッサールっぽいいいかたしてた。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055638693]
sakstyle: @ joe_kuga それやっぱ「文字」とはいわねーだろと思いつつ、その前提にたつと、そもそも「書く」という言葉が指す行為も広がりますよね? [http://twitter.com/sakstyle/status/1055639242]
joe_kuga: @ sakstyle そうなんです。「書く」が俺の状態・行為すべてになっちゃうから、なんで「小説」を「書く」必要があるのか、について必然的に考えざるを得なくなって、さらには文学の問題に行くっていう感じが今の状態。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055642303]
joe_kuga: @ natsume_yoh エントリをざっと読んだけど、数式が出て断念した。環境世界と関わるのか。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055645613]
sakstyle: @ joe_kuga なるほどね。全て同じ行為のはずなのに、何故特定のその行為なのか、ということですね。でも、それはやっぱり前提をひっくり返すべきじゃないか。全て同じ行為であるということに納得しているのなら構わないけど [http://twitter.com/sakstyle/status/1055646503]
natsume_yoh: @ joe_kuga 環境世界についてkwsk [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055647809]
sakstyle: @ joe_kuga 小説を書く行為が、他の行為とは異なる特別な行為だと思っているのであれば、それはやはり同じ行為ではなく違う行為であるということなんだから、それらは全て同じだという前提の方が間違っているはず [http://twitter.com/sakstyle/status/1055648224]
joe_kuga: 表現に関わってくるのだけれど、「express」って言葉は「外に押し出す」という意味で、要するに「中身」があってそれを押し出すのが表現なんだけど、空海は逆で、押し出すのではなくあるがままが表現的だと言っている。この問題はとても示唆的だなあ、と [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055652130]
joe_kuga: 「書く」という行為は、だから、押し出している訳だけれど、問題は何故それを特別だと思ってしまうのか、そしてそれを選んでしまうのか。「書く」という行為の、特権性にこそ興味があります。「書く」ことは「死」に結びつくし、身体性にも結びつく。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055655721]
joe_kuga: 加えて、「書く」ことに、何故いま、形の問題が入ってこないのだろう、或いは逆に形式性がもてはやされているのだろうと興味がどんどん拡がっていく。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055657140]
joe_kuga: @ natsume_yoh 生物学者か誰かの用語で、夏目さんがエントリで言っているように、昆虫の世界、植物の世界、犬の世界、人間の世界、とそれぞれ、存在する者が捉えている世界像は違うぞ的なことだったはず。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055658708]
sakstyle: @ joe_kuga 表現には represent って語もあるよ、とか混ぜ返してみるw というか、宮台あたりが表出 express と表現 represent は違うんだとかいう話をよくするので、気になってしまうw  express も表現って訳すから別にいいけど [http://twitter.com/sakstyle/status/1055658759]
joe_kuga: 昆虫には複眼を持っているものもあるけど、ああいうのは絶対に世界の見え方が違う。犬は嗅覚が違うから、匂い方が違う。そういうのを取り出していけば、人間もまたそれぞれとは異なった世界の捉え方があるだろう、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055660032]
sakstyle: @ joe_kuga @ nasume_yoh ユクスキュルね。ハイデガーも読んでたらしいよ。あと、アフォーダンスとかにも影響を与えていたような [http://twitter.com/sakstyle/status/1055660379]
joe_kuga: @ sakstyle 「represent」も同じかも。「再び提供する」って意味で、「present」は「物を目の前に差し出す」だから、「表現」のレベルは結局それ自体が表現だというものには至ってないんじゃないかと。物を差し出すのは、自分という中から外へ出すみたいな意味合いがありそう [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055662826]
joe_kuga: ハイデガーは「umwelt」と言ったのか。世界の世界性だって。「日常的現存在の最も身近な世界は、環境世界である」。「um」は「回る」という意味。「welt」は「世界」ということです。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055666680]
natsume_yoh: @ joe_kuga ちょっと話を整理すると、意味を表象するのが表現ではなくて、意味それ自体が表現であると言いたいのかな? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055673878]
joe_kuga: @ natsume_yoh そうそう。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055678097]
natsume_yoh: @ joe_kuga でも私たちは意味を表象しているわけで。そうする必要がなぜあるのかってこと? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055679295]
joe_kuga: @ natsume_yoh そんな感じだね。「書く」という行為は、意味を表象している、と言える。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055681273]
natsume_yoh: @ joe_kuga だとすれば、この間にある違いっていうのは、文字にするかしないかだけであって、文字が持つ特性について考えればよくて、それってデリダじゃね? っていう思考に私は陥るんだけどどうなのかな。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055681677]
joe_kuga: @ natsume_yoh そうかもしれない。けど、文字の特性ってよく分からないのが実情じゃない? [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055686394]
joe_kuga: つまりデリダでも何でも構わない、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055686811]
natsume_yoh: @ joe_kuga それはもろ私と秋山さんの文学性についての議論にも繋がってくる痛い質問だなあ。ただ文字というものが方法論である以上、それには得手不得手があるはずだよね。特性って言うのはその得手を指すものだと思う。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055688215]
joe_kuga: @ natsume_yoh ついでに言えば、これだけパソコンが普及して定形化した文字が溢れているけれど、本来、文字というのはそれぞれ違うはずだよね。特に東洋においては、書道というものがある。アルファベットにおいて同定性の問題は、基本的に音声と絡むからいいけど、東洋は違うと思う。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055691592]
natsume_yoh: @ joe_kuga なんというかこう話してきたけれど、条さんはどこを目指しているのかよくわからない。私はなぜ書くかという問いに対し、それが文学性を最大限に発揮できる行為であるという結論に至ってる。だけど条さんはどういう結論に達したいの? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055692825]
joe_kuga: @ natsume_yoh いやどこも目指してないよw「意味」で考えたらダメなんだなあって思ったの。だいたい文学なんて無意味なもんなんだから、それについて考えることに(特権的な)意味があるなんて思うことは、非常に思い上がっているよなあ、と思って。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055695816]
joe_kuga: @ natsume_yoh 問題はいかに文学を楽しむかであって、文学で何か意味のあることをやるのは、ある一面においてだけの問題だと俺は思うよ。だから、これを考えるのは純粋に楽しいから(変態的!)と、引き出しを作っておきたいという感じ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055697684]
natsume_yoh: @ joe_kuga どうアプローチしても結局はここの見解の違いにたどり着くのかwwww目的あって行動しないものに対し、効率の問題を吹っかけてもなんの生産性のある議論も出来ないわけだ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055701145]
natsume_yoh: @ joe_kuga よく何の目的のないままにもの書きやっていけるよなあと思うよ。楽しいという行為だけでなっちゃんはもの書きをやっていけるような純粋な感情はもうだいぶ昔においてきたよ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055704811]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや目的はあるよ。そりゃいい小説を書きたいし、いい感想を書きたいくらいの。あと小説をとりあえず俺の生きている間くらいは残したいくらいのは。俺が怖いのは、意味のある(と思っている)ことを考えている俺=偉い、となるのが怖いの。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055705010]
joe_kuga: @ natsume_yoh だから、その俺の評価軸も相対化している訳、俺の中で。いや、そりゃ違うだろ、文学はすげえんだよ、って思っている自分がいることはまったく否定出来ない。けど、それが特権化されるのは怖いし、気持ち悪い。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055708818]
natsume_yoh: @ joe_kuga 意味のある(と思っている)ことを考えている俺=偉いじゃなくて、意味あることを考えた。そしたらみんなが偉いって言ったっていう構図じゃないの? 少なくとも私はそう思ってる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055709246]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、そういう想像力が働く時点で、他者の欲望に従ってると俺は思う。それからは逃れられないけれど、その欲望に従って生きるのは、本質的じゃない。これはもはや芸術観の問題だけど。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055711621]
natsume_yoh: @ joe_kuga その欲望に従っていないよ。欲望が俺を絡め取っているだけだ。文学が欲望に絡め取られただけでしょ。そうなら文学は自らを特権化していないと思うよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055716344]
joe_kuga: あー「本質的」って言葉を最近よく使うなあ、俺。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055716742]
joe_kuga: @ natsume_yoh いやそれが意識上に昇っている時点で、文学(=意味のあること)を行うことは、純粋な文学の領域から離れているでしょ。例えば個人の文学の目的が死ぬことだったら俺はすごいと思うけど、生きることに結びつくんだったら、もう他者の欲望に従って書いていることになるんじゃ [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055721884]
joe_kuga: 本質的、という言葉で逃げている面もあるので、注記しておくと、別に文学が本質的である必要なんてこれっぽっちもない。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055724304]
natsume_yoh: @ joe_kuga 多分条さんが言いたいことは文学(無意味)は他者の視点(欲望)によって文学(有意味)になるといいたいのだろうと思う。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055726622]
natsume_yoh: @ joe_kuga もしも、その意味が人に役立つという意味ならどうなんだろう、私の考えている文学って意味あるのかなとは思う。文学が行うことは可能世界を表象してくれることでしかない。もしかして、これって無意味な行為なのかな。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055729156]
joe_kuga: @ natsume_yoh 意味、というのは、例えば、文学によってお金を得る、人に役立つなどの、文学自体から離れていって、二次的三次的な「利用」をされるような状態のことかな。繰り返すけれど、これは本質的じゃないけど、別に文学が本質的である必要はない。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055732517]
natsume_yoh: @ joe_kuga 前にも言ったような記憶があるけれど、文学においてより断片的な形式から時間そのものをイメージできる(より時間そのものを置いた可能世界を表象し感じることができる)だろう。だけど、その時間そのもののイメージというのは物理時間ではないので、現象も何も教えてくれない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055733375]
joe_kuga: だから読まれるのもある種、意味を生んでいる訳だ。すっごくひねくれた言い方をしてみると。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055734167]
natsume_yoh: @ joe_kuga 物理時間なら物理現象を表わすことができるから、工学の分野おいて役立つ。だけど時間そのものイメージというのはただそれだけであって、何かに役立つというわけではない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055735098]
natsume_yoh: @ joe_kuga 時間そのものを表象してくれるから私はそれを文学的だと思う。しかし、表象したものに意味はない。なら文学は無意味なのかといわれるともしかしたら文学って無意味な行為かもしれない。ただ一方でそういうものを知りたい人には有意味な行為なのかもしれない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055737904]
natsume_yoh: @ joe_kuga ただより普遍性のある有意味ではないよね。かなり限定的な有意味。それがだめなんだよね。権威付けだって言うんだよね [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055739524]
joe_kuga: なんか話が拡散したから、先に俺の結論だけ言っておくと、本質的な文学ってのは、達成されない不可能性を帯びている。なぜならそれは究極的に無意味なものだから。けれど文学は読まれてしまうものである以上、文学に無意味というものは達成出来ない。芸術も然り。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055742306]
joe_kuga: 不可能であるがゆえに、俺は別に文学が本質的じゃなくても、つまり意味を持っていても別に構わない。問題は、文学をいかに楽しむか、であるのだから。意味というタームを先に使っちゃったから分かりにくくなったけど、本来なら「価値」なんだよなあ。ここでは意味でいいんだけど。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055744910]
joe_kuga: @ natsume_yoh たぶんこれは価値の問題じゃないのかな、と俺は思うけどなー。先に意味って使っちゃったから、申し訳ないのだけれど、ここで述べられているのは意味じゃなく価値だと思う。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055747570]
natsume_yoh: @ joe_kuga これがもう今年の春あたりから延々と続けられている議論だということはわかっていて、しかも相手側のいいたいこともよくわかるんだけど、本当に文学は無意味なのかとはまだ思っている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055750135]
joe_kuga: 意味はほぼ間違いなく不可避的に生じてしまうのだけれど、「価値」は評価軸に従っているし、「無価値」にも意味が存在している。価値という言葉には、「べき」という意味もおそらく込められているんだろうな。これは読むべき価値があるとは言うけど、読むべき意味がある、とは言わない。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055750380]
joe_kuga: @ natsume_yoh 言葉の用法が悪かったので、言い換えて、「文学は無価値」だとは思うよ。というか、俺はすべての物語は無価値であると考えている。けど、これはたぶん宗教観なり世界観の違いじゃないのかな。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055753026]
natsume_yoh: @ joe_kuga だから私は非人称的な評価軸で文学を評価しようっていうのがひとつの主張としてある。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055753126]
natsume_yoh: @ joe_kuga そっちがちゃぶ台返しでくるなら、そもそも評価軸を作る人間自体の視点ではない視点によって評価軸を作ってやればいいとは思ってる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055756526]
natsume_yoh: @ joe_kuga ただこれってただのメタゲームでしかないよなあとも思って不毛すぎて面白くないとも思ってる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055759048]
joe_kuga: @ natsume_yoh 俺はこの話になったときからそう感じていたんだがw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055760768]
natsume_yoh: @ joe_kuga それを回避するかどうかなんだよ。今年に入ってこの問題には幾度となくぶつかってきたし、その都度袋小路に入っていったし、ただすごい騙されている感があって納得できないんだよね。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055762524]
natsume_yoh: @ joe_kuga ただ条さんの主張は全部が全部反則気味だと思う。数学でどんな問題に対しても0をかければ答えは0になるってレベルと同じぐらいに。正しいかもしれないけれどそれはもうやってて何も残らないよとしか思えない。でもその考えもだめであるということになってる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055765781]
joe_kuga: @ natsume_yoh うーん、じゃあ言うけど、俺の中では常に中間地点が存在している。そこにいることが「流れ」なんだけど、それはいってみれば始まりも終わりもない場所。その「流れ」の中で、価値を考えることは非常に馬鹿らしい。なぜなら価値というのは、事後的に決定されるから。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055766793]
joe_kuga: @ natsume_yoh 事後的にというのは、始まりがあって終わりがあるという世界観の中で生まれる訳だけれど、「流れ」の中にいる俺にはそれは関係ない。つまり便宜的な価値はあるかもしれないが、ある種の絶対的な価値は存在しない。だからこそ、俺はその場に応じて、価値決定を下す(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055768343]
joe_kuga: @ natsume_yoh 加えて、その決定をすぐに翻す。なぜならそれは非常に便宜的であり、流動的なものであるから。ある絶対的な価値を信奉するというのは、始まりと終わりがあるからこそ、だと俺は思っていて、「流れ」の中の俺には関係ないというか、ありえないこと。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055769669]
natsume_yoh: @ joe_kuga その場に応じて価値決定を下す根拠ってなんなの? それは経験から? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055777929]
joe_kuga: @ natsume_yoh 雰囲気とか体調とか気分とか気まぐれ(直感)。経験もあるっちゃある。総じていえば、適当に。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055781516]
natsume_yoh: @ joe_kuga たぶんねそこにひとつの経験とか目的があれば、それは私の言っていることにそう遠くはない。だけど条さんはそこを無根拠な判断としている。だからそりが合わない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055784098]
natsume_yoh: @ joe_kuga 極論を言ってしまえばさっきまでよいという価値判断のものが次の瞬間だめになってる可能性があり、それが特に目的や理由もないランダム的なものになってしまている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055785649]
joe_kuga: @ natsume_yoh というか、単に世界観が違うだけでしょう。夏目さんは作品を読む限りじゃ「終わり」っていう言葉が重要なものとして扱われている。つまり始まりがあって終わりがある、という世界観な訳でしょ。俺は「流れ」の考えだから、混沌としていてもまったく構わない。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055787977]
natsume_yoh: @ joe_kuga 私のエントリで話すと流れというのは時間性という言葉で表現されている。私たちは過去の経験から目の前の世界をフィクションかリアリティあるものかで便宜上判断してる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055788745]
natsume_yoh: @ joe_kuga でも便宜上でも判断には根拠がある。だけど条さんのには根拠がない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055791441]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、「流れ」(俺)としては、それがフィクションであろうとリアリティのあるものであろうと、どちらでも構わないんですよ。問題は、それと享楽とがいかに結びつくかで、虚実の問題じゃない。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055792001]
natsume_yoh: @ joe_kuga もしも私のエントリ的な思考で行くとすると、それは過去の経験というデータベースが機能不全をおこしているとしか思えない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055792475]
natsume_yoh: @ joe_kuga インデクシングが出来てないんですよ。ただひたすらデータばっかり集めてて、判断を促す回路に繋がっていない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055794683]
natsume_yoh: @ joe_kuga 普通はある程度データがたまればそこから傾向を見つけ出し、フィクションかリアリティがあるかを(無意識にでも)判断し始めるはずだと思いますよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055796769]
joe_kuga: @ natsume_yoh そうかもしれませんが、そこにこだわらない、ということです。どっちだろうが、変わらないんじゃないのだろうか、或いは享楽があればそれでいい、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055799482]
natsume_yoh: @ joe_kuga だから条さんの思考の挙動っていうのがよくわからない。それはまだデータのない赤ちゃんの感性ですよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055799590]
natsume_yoh: @ joe_kuga 今、赤ちゃんと享楽主義で話が繋がった [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055801794]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、むしろそれを問題視する理由が分からない。別に思考に一貫性がなくても、いいんじゃないの?一貫性がなぜ尊ばれる必要があるの? [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055803008]
joe_kuga: これは変な風に聞こえるかもしれないけれど、例えば、我々は人に会う際に、それぞれ見せる顔を分けているはず。これは顔の一貫性を保っていないだろう。顔と言ったけれど、相手に対しての思考の一貫性が保たれていない、ということじゃないのか、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055805920]
natsume_yoh: @ joe_kuga たとえば今まで本だ本だと20年間思ってきたものがそれは石だといきなり変わってしまったそれまでの経験はなんだったのだということになるよね。それは理性的に考えて合理的じゃない [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055809637]
natsume_yoh: @ joe_kuga 条さんはそこに享楽があるなら、それは本じゃなくて石でもいいって言っていることになる。いいのかそれでと理性は何か言わないのかとそういうことがありえないと思う私は言うわけですよ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055812388]
natsume_yoh: @ joe_kuga もしも理性を超えて享楽が判断の価値を支配するとしたら、それはもう誰にも合意の得られないオナニー的なものになるのではないかということもある。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055815087]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、俺は非常に分裂的に判断をしているから、そういうことにはならないと思う。絶対的なものを排していく以上、「享楽」というモードだけでは生きていかない。だから理性面も少なからずある。けど問題は、なぜ理性をそこまで絶対視するのか、ということ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055818602]
joe_kuga: 理性的な判断だけで人が生きていないのは、存在していることそれ自体で証明されているんじゃないのだろうか。存在していることに合理性なんかないんだし、その意味を理性的に考えていけば、意味の迷宮に迷い込んで行くことにならない? [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055820651]
natsume_yoh: @ joe_kuga いや、問題はそこじゃない。価値の判断にはいくつかの順序がある。少なくとも、享楽的判断は理性的判断の後に来るだろう。それじゃあなんでその理性的判断のフィルターがあたかもないように振舞われているのかってところに疑問がある。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055824146]
joe_kuga: @ natsume_yoh いやその順序はそもそもおかしいと思う。どちらも同列的だと。ポルノに価値を見出すのは、いってみれば享楽的な判断でしょ。理性よりも先だって、まずこちらがある。たぶん他にもあるんじゃないの。この女性に価値を見出すのは、セクシャルだからだ、とか。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055828187]
joe_kuga: こなたに価値を見出すのだって、根本的には理性的判断よりも、「可愛い」というある種享楽的な判断が先にある訳だし。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055829360]
natsume_yoh: それを動物的だと誰かが言った。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055831034]
natsume_yoh: あずまんか! あずまんなのか! 所詮俺はあずまんの掌の上で踊っていただけなのか! [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055831659]
joe_kuga: @ natsume_yoh それは微妙に違う気がするw価値判断の根拠が動物的判断のみになってるのが動物化ってことじゃね。確かに享楽は(欲求レベルの)動物的な判断ではあるけど [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055834415]
natsume_yoh: @ joe_kuga 動物化する城。それをとめようとする夏日という滑稽な構図が浮かんできた。まて、早まるなお前はまだ人間だという夏日と、動物でもいいじゃないという城 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055838701]
joe_kuga: 城って誰だwwwまあいいけど [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055840715]
natsume_yoh: @ joe_kuga まさか一晩はなして出した結論があずまんの掌の上で踊っていただけでしたなんてなるとは思わなかった [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055842124]
joe_kuga: @ natsume_yoh いやその結論は絶対におかしいwww [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055844117]
natsume_yoh: @ joe_kuga アニメ見すぎて動物化するなよ! [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055844988]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、そもそも俺は動物化しえない訳で…… [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055847929]
natsume_yoh: @ joe_kuga ホントさどこでその享楽的部分と理性的部分の切り替えを行っているのかわからない。ランダムに切り替えてるの? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055850111]
joe_kuga: @ natsume_yoh それぞれじゃないのかな。ランダム時もあるだろうし、意識的にも変えているし、他者に変えられるときもあるし。というか、生きてたら、絶対にこんな風に判断していると思うけどなあ [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055854754]
natsume_yoh: @ joe_kuga 7時wwwwwwwwwwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055860011]
natsume_yoh: こいつは笑えない冗談だ……気づけば七時になっていただと…… [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055864493]
joe_kuga: @ natsume_yoh 実を言うと四時間くらい前からずっと眠いんだがw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055864674]
natsume_yoh: @ joe_kuga 俺は最初に話しかけたときから眠かった。あそこで理性的判断をしていれば…… [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055866364]
natsume_yoh: 動物化してもいいじゃない、にんげんだもの みつを [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055867857]
natsume_yoh: @ joe_kuga 寝ようと思う。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055868911]
joe_kuga: @ natsume_yoh というか明らかにこんなに話が長引いたのは、この不毛な○○観について語り始めてからだぜ! [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055869070]
joe_kuga: @ natsume_yoh 俺はあと一時間半後に出発なんだがw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055869674]
joe_kuga: 何故かこの夜の間に、新たに五人くらいからフォローされる陸条。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055870238]
natsume_yoh: @ joe_kuga この夜にいかにあずまんがすごいかに気づかされたよ。まったくあずまんの掌の上で踊らされていたなんて…… [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055872068]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや明らかに後半のみだろ、踊ってたのw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055874865]
joe_kuga: 夏目陽は今夜の議論というか、これをまとめなければならないと思う。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055875535]
natsume_yoh: @ joe_kuga え? マジで? ログとか取ってないんだけど。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055876561]
natsume_yoh: @ joe_kuga ああブログにあずまんに踊らされていましたっていう結論を書けばいいということですねわかります [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055878571]
joe_kuga: @ natsume_yoh 頑張ってくれw俺には時間がないんだ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055879202]
joe_kuga: 超絶しんどい上に超絶眠い。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055884116]
natsume_yoh: 超絶しんどいし、超絶眠いし超絶ふぁぼれない [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055884708]
joe_kuga: 家の外カラスが鳴いてるもう朝だ。朝の一句 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055884947]
natsume_yoh: 誰だよ徹夜で話そうって言ったやつ死ねばいいのに [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055885113]
joe_kuga: @ natsume_yoh お前だろwww [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055886538]
Dec 13th
徹夜の宴その1
joe_kuga: 「雨月物語」がこんなに面白いとは思わなかった。「白峯」読了。西行の話で、すごく古典的なのだけれど、読ませる。まあ原文じゃないけどw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055221010]
joe_kuga: 原文も、現代語訳「雨月~」を読了後に読む予定だけど、どうなんだろ。久しぶりの古文になるなあ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055223151]
joe_kuga: しかし俺の中の疑問は、なぜ基本的に日本人は日本とかの東洋系古典を読もうとはしないのか。聖書は読むけど仏典は読まないだろうし、西洋古典は読むけど日本の古典は読もうとしない。そんな気がする。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055224685]
joe_kuga: かくいう俺は、以下のことを偉そうに言えるほど読んでいる訳じゃないのだけれどw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055225630]
joe_kuga: 劣ってるのかなあ。上田秋成とゲーテは確か同時期だったような気がするけど、圧倒的にゲーテの方を読む気がする。世界的じゃなくて、日本的に。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055228246]
joe_kuga: サドも同時期なのかw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055230420]
joe_kuga: いやよくよく考えると、少なくとも俺の受けてきた国語教育の中では、「源氏物語」とかの古典の魅力を、極めて自慰的にしか語っていなかったなあ。それが原因か。「お前のオナニーなんて誰も見たくねえんだよ」→古典つまんね [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055231693]
wtnbt: @ joe_kuga そんなことないでしょ。とくに女性は物語文学好きだけどゲーテやドストはまず読まないわけで。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055281678]
wtnbt: まあ恋愛ものはたいてい映画とか舞台とかになってるのでそういうのを見て話は知ってるわけよね。んで三十くらいになると読んでみたりするのよね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055288081]
joe_kuga: @ wtnbt そうですねえ。よくよく考えれば年齢の問題を考えていなかったです。まあでも、物語文学というレベルでしか日本古典を見ていないというか、何て言うんだろう、現代へ接続する意味で古典読む人って少ないよなあ、と。サドとかだったら、けっこう現代にも接続されている気がするんです。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055292866]
joe_kuga: 年齢とか、性別とか、か、正確には。同世代レベルでしか物事を考えていなかった、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055295749]
Aoringo_Jam: 明日朝はえー。1限に行く時より早く電車に乗るとか、健康的すぎる。 [http://twitter.com/Aoringo_Jam/status/1055298049]
joe_kuga: @ Aoringo_Jam 俺はもう明日の死亡フラグがありありと見えすぎていて困ってるんだがw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055302449]
natsume_yoh: なんか朝まで誰かと語り合いたい。なんかすごい無駄話でもいいし、有益な議論でもいい。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055302861]
natsume_yoh: @ Aoringo_Jam @ joe_kuga ヒント:寝ない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055303688]
joe_kuga: @ natsume_yoh つまり一緒に語ろうぜ、とw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055307355]
natsume_yoh: @ joe_kuga それまでの話の手順を三段階ぐらいぶっ飛ばしてるけれど、いい結論に達していると思うよwwww最近、全然どういうこと考えているのか聴いてなかったから気になりはしている [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055308785]
Aoringo_Jam: @ natsume_yoh @joe_kuga 一緒に寝ようぜ!(健康的な意味で) [http://twitter.com/Aoringo_Jam/status/1055311619]
joe_kuga: @ natsume_yoh 最近わけの分からないこと考えているw要約すると、別に俺、「小説」っていう方法選ばなくても文学行為できるんじゃね?と。あと批評家くたばれw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055313235]
natsume_yoh: @ Aoringo_Jam が非常に理性的な結論に達しているwww あと@joe_kuga その結論は俺が往復書簡やっているときにすでに気づいているよwww>「小説」っていう方法選ばなくても文学行為できるんじゃね? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055315218]
joe_kuga: @ Aoringo_Jam まったくこれだからお前って奴は―― [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055315643]
natsume_yoh: @ joe_kuga それでもなお、俺は文字によって文学を表現せざるを得ない。それはなぜかっていう話でデリダとかのエクリチュールの話に繋がってたんだよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055316255]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、俺はもっと範囲が広い。超絶要約すれば、俺が存在することそれ自体がすでに文学じゃね?とw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055317753]
joe_kuga: いや、文学、という言葉じゃなくてもいいか。存在=広義の小説行為じゃね、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055319691]
natsume_yoh: @ joe_kuga 超絶要約されすぎてて意味不明すぎるwww。それと俺が文学だはどう違うんだwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055320419]
joe_kuga: これ読めばすべて解決さ! http://d.hatena.ne.jp/mado_... [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055321859]
joe_kuga: サブテキストというか発展版としてこれになるか。 http://d.hatena.ne.jp/mado_... [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055322722]
wtnbt: @ joe_kuga んーというか、普通に物語を楽しむとか、詩心を楽しむとか、そういう「楽しみ」として読むときに、「現在」とかの概念よりも、むしろ「私」の身体性の方が重要だったりするんじゃないですかね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055324663]
joe_kuga: @ natsume_yoh 「俺が文学だ」っていうのは、たぶん俺の実際的に書くものが文学だ、って意味だろうけど、俺の言う、存在=文学、というのは、「俺は文学だ」という意味だよ [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055325013]
wtnbt: たとえば、ふと風を感じたときに、「風の音にぞ驚かれぬる」という言葉が自分自身を貫いていく、とかね、そうやって言葉を媒介に身体に感覚の記憶が蘇る。そういうかたちで自己の生と他者の生が交錯するわけです。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055327312]
joe_kuga: @ wtnbt これは人それぞれの楽しみ方に依るのかもしれませんけれど、俺の小説の楽しみは、他の小説といかに結びつくか、という楽しみ方で、現代文学と古典も、そういう関連性へ接続するのが楽しみの一つじゃないかと思うんです。なんていうのかな、そういう、ある種「古典」ていう枠組みを(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055330192]
wtnbt: たとえば方丈記のラストで、経文を読んで空しいだけだ、とかいうけれど、あれってけっこう壮年の感慨で、認識としてどうか、というとそりゃなんてことないわけですが、ある「重さ」が加わる年齢というか人生もあると思います。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055330589]
joe_kuga: @ wtnbt (続き)感じないような、言ってみれば、「日本古典」「西洋古典」「日本文学」「海外文学」といった枠組み関係なしに、楽しむべきじゃないのか。さらには「映画」「音楽」も「文学」ジャンルにどんどん引き入れていく、そんな楽しみ方がいいんじゃないか、と。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055332521]
natsume_yoh: 物語に対する批評には外延(環境)から攻める方法と内部(作品と私との関係)から攻める方法がある。少なくとも結論を出しやすいのは外延から攻めるほう。内部から攻める方法はどっかがやっぱりブラックボックス化する [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055333295]
joe_kuga: @ wtnbt (続き)だからこそ、そういう選別なしに、楽しむべきじゃないのかな、と。これは愛媛川十三の「いーから~」で言ってた文学じゃない「文楽」を、俺なりに考えた結果なんですけど。言い方が恣意的なんですけど、「古典」というジャンルも、ジャンル関係なしに手を出すべきじゃね、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055335900]
natsume_yoh: @ joe_kuga 東京に行ったとき俺の存在から文学スピリットとかオーラを感じていなかったのか? それが俺が文学だの根拠なんだぜwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055335990]
wtnbt: @ joe_kuga そういう形式とか文学史的なことは、いわゆる「純文学」読者やエンタメのジャンル小説のファンとかのほうがよほどこだわられるんじゃないですかね。普通はもっと物語的というか、身体的な楽しみが強いんじゃないかなと思います。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055336746]
wtnbt: @ joe_kuga 読書の本質を、普遍的に定義できるものでしょうか。読書という行為はさまざまな文化状況で行われてきたものなので、普遍的な本質を抽出するのは難しいんじゃないかと思います。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055352419]
joe_kuga: あれ、なんか違う方面のことを言っている気が…… [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055352564]
natsume_yoh: 別に聞き流してもいいし見当違いなことを言っているかもしれないけれど。ここからは独白 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055355200]
natsume_yoh: 存在を扱うことに関しては先行研究に後期ハイデガーたんがいる。後期ハイデガーたんは科学的見地から存在の語の歴史とか、存在史とかを研究してた。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055357794]
wtnbt: @ joe_kuga 人によって本を読む(読んだ本について書く)動機はいろいろなので、「こう読むべき」というのはないんじゃないでしょうか。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055357884]
joe_kuga: @ wtnbt うーん、実際どうなんだろうとは思いますが、それなりの普遍性は持たせられるんじゃないかとは思いますね。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055359865]
natsume_yoh: いちおうこれにはひとつの有意な批判があって、それがカルナップたんの言う言語の物象化って話。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055360531]
sakstyle: とりあえず、あずまんもはてサの人も何かおかしかったということだと思うけど、「学生に迷惑かけんな」コメントが散見されるのが、ちょっとだけ気になった [http://twitter.com/sakstyle/status/1055360870]
joe_kuga: @ wtnbt 前言撤回します。やはり普遍性は無理かもしれないです。すいません。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055361330]
sakstyle: 「人に迷惑かけるな」というのは正しいと思うんだけど、授業開始が遅れることってどれくらい迷惑なのかなあとか [http://twitter.com/sakstyle/status/1055361841]
wtnbt: @ joe_kuga ああ、でも馴染みがないとかとっかかりがないとかはありますよね。雨月だったら幻想好きだったら読むとか、あと江戸戯作はあんまり男性中心主義的過ぎるとか。物語文学は女性だったらやっぱり入りやすいでしょう。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055340032]
joe_kuga: @ natsume_yoh 考え方が変わったんだよwんで、「俺が文学だ」は行為的なんだけど、「俺は文学だ」は状態的なんだよ。だから違うw…たぶん [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055340902]
wtnbt: それと、「楽しむ」に「べき」が入ったら楽しくないじゃないか、という問題もありますね(笑)木にはその時期にふさわしい果実がありますから。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055342023]
wtnbt: まあ状況と関係なく本を読むようになるには、わりと年季がいりますよね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055343521]
natsume_yoh: 何で読んだか忘れたけれど、絵画は文字で出来ている。私たちは思考する際、それらを文字で表現し、考えるからだって聞いたことがある。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055343742]
natsume_yoh: だから、割と世界は文字で出来ているという感覚に対しては違和感がない。あるものに対し、名詞があるかぎり、それは文字「でも」表現可能だからね。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055344850]
wtnbt: あと、短歌や俳句の愛好家は現代詩に較べるとものすごく沢山いますよね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055344872]
joe_kuga: @ wtnbt これはけっこう前から言ってることなんですけど、可能な限り没主体的読む、或いは超主体的に読む方が、本質的じゃないのか、と思う訳です。だから、より厳密にいえば、特定のジャンルのファンになるって、楽しむの範囲を限定しているんじゃないのか、と思う訳です。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055347711]
joe_kuga: @ wtnbt だからこそ、俺はほぼすべてのはてダに掲載している感想は「面白い」と言っているはずだし、可能な限り、選り好みをせずに楽しんでいる。身体的な楽しみ方もまた、している。そういう、全方位的な楽しみ方こそが、本質的じゃないかと。だからこそ、もっと多方面に接続するべきじゃ、と。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055351129]
natsume_yoh: @ joe_kuga 空海まとめ読んだ。存在する状態が文学的であるという根拠はそれが文字によって行われているから(表現できる?)? 空海まとめと自らが存在しているという状態が文学的っていうのがなかなか繋がらない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055352187]
wtnbt: @ joe_kuga しかしここで問われる普遍性と言うのは「べき」論なわけですから「普遍的正義」ということになるでしょう?正義が状況抜きに成り立つものでしょうか。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055361988]
natsume_yoh: きっとここらへんは詳しい人がTLで補足すると思うから超絶要約すると、ハイデガーたんの議論は存在を名詞化しているよねって話。カルナップたんの主張は存在とはただの論理形式であるということ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055362439]
wtnbt: もっとも、批判的な文章を書くときにはできるだけ内容をきちんと把握した上で書くこと、とかそういうのはあると思います。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055365893]
wtnbt: でもそれって「読むこと」よりも「書くこと」に関わる問題ですね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055366553]
joe_kuga: 考えがうまくまとめられない。というか、議論が読みにくい。ちょっとまとめてくる。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055366618]
wtnbt: まあ「読む・書く」がそんなにはっきり分けられるものかとかもありますね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055367399]
natsume_yoh: @ sakstyle 好きな授業なら授業時間が減ることは迷惑になるんじゃないかな。その先生から教えてもらう時間が少なくなることはそれなりにあれだし。まあ、私もそういう授業になかなか出会った経験がないwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055367991]
wtnbt: あと、あきらかに一面的な批判なんだけど、生産性のある批判になった、とかいう例もないわけではなく。というか批判って結構そういうもんだったり。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055368761]
sakstyle: @ natsume_yoh まあそれはそうなんだけど、どうせあれは大教室の講義だし。第三者がブクマコメで「迷惑になるからやめろよ」って言うほどのことではないかと思ったわけです [http://twitter.com/sakstyle/status/1055372872]
sakstyle: 「知識人」が何言っても誰にも伝わらないんだよと言っていたどこかのエントリがわりと的を射ていたと思った。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055375888]
natsume_yoh: 第三者はなあ。それは関係ないしなあ。受講しているならまだしも関係ない人にはいわれたくないなあ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055376167]
joe_kuga: まとめた。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055376842]
natsume_yoh: 現在、例えば先行研究がどういう流れであるのか、自分の興味のある分野の先行研究はどうなっているのかというのがよくわからないのは困る。本になってから読むというのはもうかなり取り残されているような気がしないでもない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055378659]
natsume_yoh: フィクション研究とか、ドゥルーズ研究とかデリダ研究の最新がどうなっているのかっていうのは気になってはいる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055380895]
joe_kuga: (まとめ中)何て言うのかな、「べき」と表現したのは安易だったと後悔はしますが、俺の中で、何故読むのかという問いには楽しみたいから、という返答があります。それで、何らかの形で読者は楽しみたいと考えているけれど、印象としては、けっこう何かを貶している人が多い。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055381612]
sakstyle: @ natsume_yoh 僕は全然最新とかに追いつけるような状態じゃないですが気になりますね。フィクション研究だと、 @ pubkugyo さんに聞いたりするといいかもしれないです [http://twitter.com/sakstyle/status/1055384204]
wtnbt: @ joe_kuga でも他人をくさすのが楽しいという人もけっこう多いわけですしね。荻生徂徠とか老後の楽しみは炒り豆を食いながら馬鹿な本を嘲ることだとか書いてる(笑) [http://twitter.com/wtnbt/status/1055385402]
joe_kuga: あー何か違う。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055385710]
wtnbt: あと、「楽しみ」で読んでいるわけではないという人もいます。書く方は尚更。ある倫理的な義務感から読む・書くということが。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055386613]
joe_kuga: @ wtnbt そうなんですよ、本当に。貶すことが逆説的に楽しむことである、という人はけっこういます。実際、俺もリアルな会話においては、人を貶すのが好きだったりします(笑) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055387164]
wtnbt: @ natsume_yoh それは、新しいものでないといけないわけですか? [http://twitter.com/wtnbt/status/1055388061]
joe_kuga: 「楽しむ」でダメなら、脱「私」の体験でもいいですけれど、「読む」という行為が身体的な側面を持っているのならば、それがある種のエクスタシー(脱「私」体験)に繋がると考えられる、と思います。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055388862]
sakstyle: 何で読むの、何で書くの話は、色々してみたいなあ。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055388992]
sakstyle: @ joe_kuga 「脱「私」の体験」っていいね [http://twitter.com/sakstyle/status/1055390119]
natsume_yoh: @ sakstyle 先行研究は調べてみたいんですけれど、語学の問題が……。本当に翻訳者には頭が上がらない……。先行研究云々の前に語学を覚えることが優先かもですね…… [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055390214]
wtnbt: @ joe_kuga まあだから大抵の場合生きてるだけでどこかで誰かに嘲られているのが人間というものだとモンテーニュも言ってるわけです(笑) [http://twitter.com/wtnbt/status/1055391252]
natsume_yoh: @ wtnbt 単純な知識欲なのかな。過去の研究はそれなりに翻訳されているので読もうと思えば本で読めるのですが、最新の研究は本になっていないし、やっぱりなかなか触れられる度合いが少ないので、必然的に気になりますね [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055394735]
wtnbt: @ joe_kuga 読書には身体的な快楽がある、というのは一面の事実だと思いますけど、それが読書の動機の「すべて」ではないわけですよね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055394793]
sakstyle: @ natsume_yoh 全くもって語学の壁は大きいですね。まあ、邦訳文献だけでも読みたいものが読み切れない程あるわけですが。 / あと、ネットはやっぱりすごい。もちろん英語などができるのに越したことはないけど、無償で翻訳してくれる人や留学生のブログとかありますからね [http://twitter.com/sakstyle/status/1055396114]
natsume_yoh: やばい。俺のタイムラインがリプライでいっぱいで話が錯綜しているwwwwwテンションあがっていたwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055396553]
wtnbt: @ natsume_yoh 「読もうと思う」ことと「実際に読む」ことには超えられない壁というか思念が広がっているわけですよね。私は最近ヨーロッパ哲学みたいなものに本当に関心が出て来てるのですが、たぶん一生かかっても読み切れないなと思っちゃいます。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055397704]
wtnbt: 思念ちゃう深淵。。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055399097]
natsume_yoh: @ sakstyle まったくもってネットには感謝しなければいけないですね。積極的に先行研究を知っている人がいたり、別アプローチから研究を行っている人とはどんどん話してみたいし、できる環境にありますからね。もっとそういう人たちと話せる場があればいいですよね。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055399577]
sakstyle: 日本語ユーザーであることは、ある意味で恵まれているし、恵まれているがゆえに怠惰になっちゃうところがあるかも。つまり、結構翻訳されることが多いので、日本語でも事足りちゃうことが多い。「事足りる」のレベルは人によって違うからあれだけど。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055400293]
joe_kuga: 身体的快楽のみだとは考えていませんが、一面として、まずこのことが上げられる、と思います。(考えをまとめるのに時間がかかりそうなのでこれだけは先に) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055402769]
wtnbt: たとえば私は岩波のカント全集を全巻もっていて、ひととおり全部読んでるわけですが、やっぱりいまもってよくわからないところが多い。頭が悪いだけかもしれませんが。。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055403339]
natsume_yoh: @ wtnbt 確かにそうですが、それなら自分の興味があるところを探すということになる。そのなかでも最先端というのは常に魅力ある分野のひとつだと思います。だからまあ、先行研究にはすごく興味があります。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055404083]
sakstyle: 最近、 akada さんがよく英語のブログやら wikipedia やらをブクマしているので、それにつられて英語の記事とかを微妙に読むようになったけど。しかし、全然読めない [http://twitter.com/sakstyle/status/1055405089]
wtnbt: カント論を参考に読むにしてもこれがまたものすごく膨大な量があり、しかも何がどうなのか判断するのが非常に難しい。見取り図的な本さえ多数あったりする(笑) [http://twitter.com/wtnbt/status/1055405405]
natsume_yoh: なんか英語が世界語になるのが問題とかよく言うけれど、あんまり私はそう思ってない。学術語として英語が世界共通なら勉強しなければいけない言語がひとつに減って便利。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055407338]
sakstyle: カントは今、群像で中島義道がやってる連載を読んでる。これが自分にとってのカント初体験といってもいいくらい、カントについてはよく知らないけど、まあとにかくややっこしい人なんだということは分かったw [http://twitter.com/sakstyle/status/1055407898]
wtnbt: しかも私は別にカントに興味があるわけではなかったりする(笑)ただ近代哲学の典型の一つなんじゃないかという程度の興味で10年くらい前に読みはじめたんですけどね。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055408517]
natsume_yoh: 工学系は英語のほかにドイツ語も出来ていないと文献が読めないとかあるから困る。英語でさえ精一杯なのにドイツ語まであるとかどうすればいいんだ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055408592]
sakstyle: カントは日本語で読むから難しい、英語ないし原文で読めばいいという話をわりと聞いたりするけど、中島義道の言によれば、日本語訳は確かに非道いが、原文だって非道いんだぜってことになる [http://twitter.com/sakstyle/status/1055409836]
wtnbt: @ sakstyle しかしドイツ人で誰だったかがカントをドイツ語で読むと、特殊な概念として使われている語をナチュラルに読んじゃうからかえって難しいと言ってたのを読んだことがあります。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055412980]
natsume_yoh: 日本の(特に岩○文庫)の翻訳はかなり直訳でしかも堅苦しい訳ばかりを選ぶから読みにくいというのは聞いたことがある。アインシュタインの本は日本語に翻訳されたものよりも英語でって現代文の先生が進めてきたのは覚えている。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055413868]
wtnbt: でもまあたとえばデリダはある程度ドイツ語をできる人が英訳を読むといい、なんて言いますが、それもたぶん基礎的なフラ語はできるって前提になってるんですよね(笑) [http://twitter.com/wtnbt/status/1055414681]
natsume_yoh: 実際、まったく論文じゃないけれど、英語の時間にスティーヴン・ホーキングの本を読んだ。あとでその翻訳が出てる本を見てみたけれど、本当に直訳だった。文を正確に伝えようとするあまり、日本語らしくない日本語になることはままある [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055416670]
wtnbt: ああ、こんな時間だ。そろそろ寝ます。おやすみなさい。 [http://twitter.com/wtnbt/status/1055417076]
joe_kuga: @ wtnbt ああすいません。考えてたら長くなっちゃって。なかなか返信出来なくて [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055418367]
sakstyle: @ natsume_yoh 工学系はドイツ語なんですね。というわけで、文系理系と語学というとこのエントリを思い出します。今見ると、コメ欄に shinimai さんや bluesy_k さんがいることに気付く。 http://d.hatena.ne.jp/ysksz... [http://twitter.com/sakstyle/status/1055421010]
sakstyle: 自分は高校時代に英語は完全に分からなくなった。浪人して予備校行って、ようやく英語の読み方が分かった。そのおかげか、大学の仏語は、高校時代の英語のようには苦痛ではなく、成績もわりとよかった。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055425841]
joe_kuga: 難しいなあ。しかも問題が分裂している。「楽しみ方の本質」と「何故読むか」とに。後者に関しては、とりあえず言えそうなのだけれど、wtnbtさんお休みになったので、どうしようか。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055426317]
joe_kuga: 後者→前者、の間違い。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055426592]
sakstyle: とはいえ、英語や仏語が出来るようになったかと言えば、全然苦手なままのわけだが。外国語を読むのもそれなりに面白いものではあるのだなとは思うようになった。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055427040]
joe_kuga: というかTwitter上で議論するって難しくね、と俺は思うのだが。ものすごく見づらい [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055428016]
natsume_yoh: @ sakstyle 私は中学時代からすでにひどいですwwwww今の学校に入ってやっと読めるようになりました。その経験からかドイツ語はポイントポイントを抑えて覚えられるようになりました。同じ失敗は二度もしないというかwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055429099]
sakstyle: @ joe_kuga さっきからその話に入りたいなあと思っていたところでしたw でも、今こちからあんまりうまい返しもできないので、続けてくれるのであれば読みますし、めんどいなあと思ったら打ち切っちゃってもいいんじゃないですか [http://twitter.com/sakstyle/status/1055430829]
natsume_yoh: 文系理系というのはいろいろ問題なわけ方で、某南京問題を見てても科学的(笑)な主張をしている人も、人文的(笑)主張をしている人ももっとお互いの分野の研究を知っとけよと思う。そういう意味では今の学校に入ったことは半分ぐらいしか後悔していない。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055431867]
sakstyle: @ joe_kuga クライアントソフトとか使ってます? タブ分けとかすると見やすくなったりしますよ。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055432156]
natsume_yoh: @ joe_kuga まあ脱主体的読みっていうのは結構気になる。それって環境的読解と同じなのか? っていうところで。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055435470]
joe_kuga: 最近「書く」ことについてずっと考えてたので今回の議論はすごく面白い。だからちゃんと考えはするけども、「窓の外」に掲載したメモが散在しすぎていて、うまくまとめられないw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055435999]
joe_kuga: @ sakstyle クライアントソフトってなんだwって状態です [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055436773]
natsume_yoh: う、あれ、なんか変なこと言ったなあ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055439737]
sakstyle: @ joe_kuga twit でググれw こんなソフト http://gyazo.com/b94336aebb... [http://twitter.com/sakstyle/status/1055439769]
joe_kuga: @ natsume_yoh 印象批評の最強バージョン、と考えてくれればいいと思う [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055440676]
natsume_yoh: @ joe_kuga 印象批評過ぎて、「私」的行為を超えて普遍的感情(欲望とかそんな感じのもの)に繋がってしまったってイメージ? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055441950]
natsume_yoh: なんか前にそんなこと言ってたっぽいことを覚えているからエントリを探してみる [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055445338]
joe_kuga: @ sakstyle ググったwそして取ったw *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055446680]
joe_kuga: @ natsume_yoh 俺のイメージは、常に仮信の状態に居続ける感じかな。常にある評価軸に置かずに、移動し続けるイメージ。その究極がすべてを横断しているって感じかな。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055449642]
sakstyle: @ joe_kuga クライアント入れてると便利だよ。新着はポップアップで教えてくれるし。まあ、 twitter 廃人への第一歩でもあるわけだがw  twit と tween が特に利用者が多いイメージ。よく知らないけど、他にも色々あるみたい。馴れたら他のソフトとも比較し [http://twitter.com/sakstyle/status/1055451709]
natsume_yoh: @ joe_kuga うーんそれじゃあ上手く伝わらない。たとえば文学性なるものが存在して、それはあらゆるものに存在するというイメージで今回の場合それがエクスタシーでありそれは死というものに支えられているということ? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055453857]
joe_kuga: @ sakstyle これは便利w教えてくれてどうもです *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055457239]
joe_kuga: @ natsume_yoh 文学性は関係なくて、読解についてはあらゆる分野に言えると思うけれど、今自分のやっていることがある評価軸に支えられいて「意味」というものを生じさせているのだろうけれど、その「意味」に囚われては他の分野についての判断が非常に偏見的なものになってしまう。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055464489]
joe_kuga: (続き)だからこそ、その判断をある程度正確だと見せかける(近づける)ためにも、常にある価値を選択する(盲信)こともせず、反対に選択を放棄せず(不信)、その中間において判断していく(仮信)、というような感じ。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055466868]
joe_kuga: 超主体的、没主体的、というのは、換言すればその究極としてある訳で。完全なる中間地点にいる状態。中間というのは、相対的なものだから、移動しているイメージ。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055469244]
joe_kuga: @ joe_kuga お前そろそろ寝ないとやばいんじゃねえwww *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055470052]
natsume_yoh: @ joe_kuga 昔からその仮信に対して言っていることなのだけれど、常に評価軸をある問題に対し適切なもの選択していくことによって、そこに言論の矛盾が生じたりはしないの? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055470128]
joe_kuga: @ natsume_yoh ちょっと理解が追いつかないから説明プリーズ。矛盾って、例えばどんな? *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055474993]
natsume_yoh: @ joe_kuga 私と条さんの考え方は少なくとも似ていると思うよ。ただ私は今の評価軸よりもより横断的な評価軸を作ろうとしていて、条さんは評価軸を動かすことで適切な判断を行っていこうとしているんでしょ? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055476352]
sakstyle: @ natsume_yoh @ joe_kuga 毒にも薬にもならないレスですみませんw [http://twitter.com/sakstyle/status/1055508864]
sakstyle: @ joe_kuga でも、さっきそれって「印象批評」とは言わないんじゃないの? と言ったのは、それは複数の評価軸なり理論なり枠組なりを持ち合わせて読んでいくなら、それはもう「印象」ではないだろうと思ったからです [http://twitter.com/sakstyle/status/1055510191]
sakstyle: そういえば、評価軸を複数持って読む云々というのは、夏目さんの post から気づきを得た話かもしれないので、釈迦に説法みたいな感じだったかも。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055515712]
joe_kuga: @ natsume_yoh それがたぶん「書く」「読む」の問題じゃね?評価軸自体は、こうして教育を受けて育っている以上、構造的に持たされているからしかたないと思う。或いは自分の好みであるかもしれないし、或いは自分の意味があるぞという打算かもしれない。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055517816]
joe_kuga: @ natsume_yoh いやむしろ三次元的じゃないのかな。横断のイメージが二次元的ならアレだけど、混沌主義の射程はすべてを含んでいるつもりだから。まあ印象だから好きに抱いてくださいとしか言いようがないw *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055519573]
joe_kuga: @ sakstyle 印象批評へのレス。たぶん「私」が考えるなりをするのは、客観性(他者性/脱「私」的行為)を帯びると思うから、主観的な印象批評を究極的に突き詰めていけば、ある種の客観性に辿り着くんじゃないのかな、と思った訳ですけれど、そこまで印象批評は重要じゃなかったりし [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055521921]
sakstyle: しかし、自分は何か枠組もって読んでいるかというと特にないんだなー。俺理論だったりするし。ディシプリン的なものがないので、言っていることが滅茶苦茶になったりはする。 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055523232]
natsume_yoh: なっちゃんの話を逆にすると、なっちゃんのイメージとしてはまず一次元の超横断的な評価軸が存在する。それはまあ、個人的に言えばフィクションか否かというものなんだけど、まずそれが存在する。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055523300]
joe_kuga: @ sakstyle 「評価軸」は、俺的には判断基準に近いかなと思います。着眼点をどこに持っていくか、というようなもの、なのかな。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055525281]
joe_kuga: 評価軸という用語自体は、たぶんsz9さんの影響。 http://d.hatena.ne.jp/sz9/a... [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055527530]
sakstyle: @ joe_kuga あと、それは印象批評っていうのかどうか問題w [http://twitter.com/sakstyle/status/1055478417]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、俺の場合は同時的なんだと思う。享楽主義、仮信主義、混沌主義ってよく俺は言うけど、享楽が身体レベルでの面白さ追求、仮信が評価軸の移動、混沌が夏目さんの言う横断的なものにたぶん近いと思う。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055479612]
joe_kuga: @ sakstyle たぶん究極的な印象批評って、こんな感じなんだとw *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055480815]
natsume_yoh: @ joe_kuga 評価軸が移動してくることによって、「AはBである」と「AはCであり、CはBでない」というものが同じ人物の口から出てくることになるよね。それは傍から見たら、矛盾しているというわけで。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055489850]
natsume_yoh: @ joe_kuga それは評価軸が移動しているんじゃなくて、その命題に対する条件が違うだけじゃないの? 評価軸が移動しているといわれたら、どっかで矛盾が起こるんだろうなあとしか思ってしまう [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055491877]
natsume_yoh: 何言ってるかさっぱりわからねええええええええ自分が [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055495112]
joe_kuga: @ natsume_yoh いや、最近気付いたけど、それは意味で考えてるからなんだと思う。矛盾が問題になるのも意味の問題があるから。俺も矛盾を気にしていたんだけど、それって結局は意味っていう、ある価値に依存した考えじゃね、と思ったから、矛盾について考えるのを放棄した。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055496896]
joe_kuga: 今思ったけど、すっごく都合の良い考え方してるな、俺w *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055504071]
sakstyle: @ natsume_yoh @ joe_kuga 二人の言っている「評価軸」っていうのは、例えば何らかの批評理論なり何なりというのを想定すればいいんでしょうか? 読みの枠組みたいなもの。その上で自分の意見を言うならば、そういうのは一つより複数持っていた方がいいよねって感じです [http://twitter.com/sakstyle/status/1055506864]
natsume_yoh: @ joe_kuga 評価軸1から見たら有意味が評価軸2なら無意味であるとすると、その評価軸の選び方によってそのものは有意味でもあり、無意味でもあるとするなら、その選ぶ根拠はどこに依るの? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055507384]
natsume_yoh: 次にN次元の評価軸があってそれはさらにその作品を具体的に評価する条件となる。これこれがこういう場合というときにはY軸の値はこれで、Z軸の値はこれで……というのを感じに。もちろん必要の軸の値は0を取る。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055527902]
natsume_yoh: 言い方悪いなあ。評価軸自体はひとつしかない。X軸にその超横断的なものがあって、YZ……N軸は全部あと制約条件。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055529572]
natsume_yoh: そうすれば別に評価軸を動かさなくたって適切評価は可能じゃないかって思ってる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055531529]
sakstyle: @ joe_kuga それって、評価軸を移動していくことになるのかなあ。それって究極的には、「私が面白いか否か」の一つしかないのではないかと思った。まあそれは悪いことではないし、究極的にならなければ色々出来るか、と思ったら、 sz9 さんのを読んでわりと納得 [http://twitter.com/sakstyle/status/1055532031]
joe_kuga: @ sakstyle 初めからsz9さんのページを紹介すれば早かったですねwあとからsz9さんのことを思い出したけど。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055534793]
natsume_yoh: @ joe_kuga だから私の主張としてはいちいち軸を動かすんじゃなくて、条件を与えてやればいいだけなんじゃないの? という疑問に尽きるわけ [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055536649]
joe_kuga: @ natsume_yoh それはレトリックの問題だろw軸のイメージが違うだけで、やってることは一緒じゃないの?数値を当てはめていくことが、俺にとっての軸なだけじゃない。あってるのか分からないけど *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055540944]
natsume_yoh: もうちょっと噛み砕いて話してみよう。評価軸を変えてA=BとA=C(B≠C)にたどり着くのと条件を与えてA=B、A=C(B≠C)に辿りつくのは違う。条件を与えているほうはBが理想解とするなら、Cはそれよりも劣るということになる。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055542745]
natsume_yoh: でも評価軸を変えていることはBとCは同等であるとも言えるわけで。条件を与えるほうはそれを許さない [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055544543]
natsume_yoh: だからなっちゃんはB=Cを絶対に認めないって言っているんだよwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055545579]
joe_kuga: @ natsume_yoh 余計分かりにくいんだがw噛み砕くなら文系的に説明してくれwマジで頼む。ぜんぜん分からない。 *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055546663]
natsume_yoh: AはBであるが理想状態での解とする(一応、B≠Cという制約条件はある)。しかし、次にある条件下ではAはCであると言ったとする。だけどこれはBはCでもあるにはならない。A=Cは特別な条件が与えられて導かれているからである。ここまでは大丈夫? [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055552969]
joe_kuga: @ natsume_yoh おお分かりやすくなった。とりあえず理解した。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055556154]
natsume_yoh: @ joe_kuga 次に条さんの主張は、BはCではないという条件がある。次にAはBであるという解がある。しかし、評価軸を変えればA=Cでもあるということを言っている(ように見える)。ということはこの二つの結論からB=Cが導けるけれど、矛盾してないか? と言っているのですよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055559911]
natsume_yoh: @ joe_kuga で、これは評価軸を変えたことに問題がある。つまり基本的条件であるBはCではないという既存の数理体系での条件が無意味になったわけですよ。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055562944]
natsume_yoh: @ joe_kuga つまり、私は数理体系から基盤からちゃぶ台返しでひっくり返されて、おいおいどうするんだよこれ、それじゃあ俺の主張だって無意味になっちゃったじゃないかと言っているから困っているわけです。 [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055564391]
natsume_yoh: もう三時とかwwwwwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055569559]
joe_kuga: 例えば、前に感想書いた大江の「セヴンティーン」を引き合いに出すけど、これは明らかに政治的文脈で読まれた訳です。第二部「政治少年死す」は右翼団体によって削除されることになった。これは事実。これはA=Bという理想的解答になるのかな。(…) [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055573288]
joe_kuga: けれど時代が下って、阿部和重はそれを下敷きに「ニッポニアニッポン」を書いているけれど、ここに至ると大江の「セヴン~」は明らかに政治的文脈で読まれていないでしょう?A=Cっていう答えを見付けたんじゃないの、それは。つまり、時代状況の変容なりによって、新たな答えの可能性が生じた。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055575347]
joe_kuga: ああ、待て俺。ミスった。 [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055578440]
joe_kuga: くそ、頭が半分くらい寝てやがるw [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055579154]
joe_kuga: そもそもここで言えるのは、A≒B、A≒C、であるから、B≒Cである、というくらいのことで、A=Bであるのならば、読解なんてものは生じ得ないと思う。読み解く以前に、A=Bであると確定出来るのならば、読まなくてもいいじゃん。1+1=2を読解する必要が、普通ないように [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055581699]
natsume_yoh: @ joe_kuga 俺の主張が明らかに無理があることぐらいずっと前から俺が知っているんだから、上手いぐらいに俺を説得してみてくれwwwwww [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055582079]
sakstyle: 夏目・条論争が、何かひどい展開になってきた ww [http://twitter.com/sakstyle/status/1055584049]
joe_kuga: @ sakstyle 夏目さんと話をする、ということはこういうことなんですw命がけの飛躍をしなければならないw *Tw* [http://twitter.com/joe_kuga/status/1055587577]
natsume_yoh: @ joe_kuga 普通にそれがあたりまえすぎて特に言うことがなくなった [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1055588244]
Dec 13th
脳内荘の忘年会
esehara:脳内荘で忘年会している。脳内荘の隣りに住んでいる髪の毛がピンク色のパンクロック少女が、こたつの中でみかんの皮をひたすらむいていて、むき終わったみかんが山積みになっている。「そんなにむいて食べられるの?」って聞いたら、あっ、しまったみたいな表情をして顔を真っ赤にしていた。 [http://twitter.com/esehara/status/1055107502] esehara:脳内荘で忘年会している。脳内に住んでいる小麦色に日焼けした栗色ショートカットの女の子が「あらあら、ひとり寂しくTwitterに報告ッスかー!友達は画面の向こうにしか存在しないって奴ですねー!鍋に入っている肉は全部食べちゃいますよ」とか言っている。なぜか俺には豆腐しかつがない。 [http://twitter.com/esehara/status/1055108866] ...
Dec 12th
11 notes
Dec 12th
67 notes
滑稽なリアリティとフィクション
natume_yo: 例えば最近思ったことなんだけど、Twitterのpostにこれから彼女のうちに行ってセックスしてきますというものが出てきたとして、そしてその宣言どおり、今彼女とこうこうこういうことをしていますとか、こういう体位で挿入していますというpostが流れてきたとして。 [http://twitter.com/natume_yo/statuses/888504497]
natume_yo: それはリアリティがあって、今たぶんこの人は彼女とそういうセックスをしているんだろうなあという想像をなっちゃんは働かすわけなんだけれど、よくよく考えて見たら、Twitterで実況しながらセックスってできるのかと思うわけで。 [http://twitter.com/natume_yo/statuses/888505861]
natume_yo: そう疑った瞬間、今までリアリティがあって存在したものが妙な浮遊感を持つわけで、じゃあこのpostってどこまでが本当でどこまでが嘘なのかって思うわけです。もしかしたら、携帯なら彼女とセックスしながら実況できるかもしれないけれど、その姿を想像してみるととても滑稽で。 [http://twitter.com/natume_yo/statuses/888507595]
natume_yo: でもこのフィクションとリアリティの関係って結構好きだと思う。このみょんな浮遊感っていうのはまさにフィクションとリアリティが読者の中でつりあいを見せるときに感じられるものだと思うから。 [http://twitter.com/natume_yo/statuses/888508815]
natume_yo: というわけでそんなpostがTwitterの中で流れてこないか、今日も期待しているなっちゃん。 [http://twitter.com/natume_yo/statuses/888509369]
Dec 12th
時間/リアリティ/フィクション
natsume_yoh: サインカーブとかコサインカーブのようなものなら振幅で非リアリティ度が、周期でそれがどれくらいの頻度でくるか表すことが出来る [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048821687]
natsume_yoh: たとえばXY平面のうちX軸に時間tをYにいくつかの世界の構成要素wを取るとしてそれが一定値ならリアリティ度100%だろう[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048826128]
natsume_yoh: 虚構内でも視覚的イメージが時間軸に対して直線的ならその世界にはリアリティが存在すると言えるだろう[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048833851]
natsume_yoh: ちなみにこの思考のいいところは虚構内でもリアリティがあると言えることかな[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048838523]
natsume_yoh: ともあれリアリティとフィクションという言葉は横軸に時間tをとってやってそのなかにおける視覚的な生成変化に原因があると思う[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048842013]
natsume_yoh: 少なくてもリアリティは時間軸が過去→現在→未来が直線的であるという思考から出てくるんだろうね。非線形に並べてみたり、他と接続したら、フィクションになるの?[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048844671]
natsume_yoh: この瞬間に今いる世界にリアリティがあると思うのはそれまでの経験から連続的である信頼度が圧倒的に高いからでしょう?頭の中で常に私たちは次の未来について予測してる [http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048848784]
natsume_yoh: 子供の頃に現実はない。リアリティという言葉は今と次の今が連続的であることだけで保障されている[http://twitter.com/natsume_yoh/status/1048851878]
Dec 12th
Dec 11th
Dec 11th
俺の嫁は尻じゃない
joe_kuga 泉こなた - http://tinyurl.com/5dnb7k [いめったー] sakstyle @joe_kuga こなた、どうしたの? ww joe_kuga @sakstyle いめったー怖いよw俺の嫁が尻になったw sakstyle 尻は条の嫁 - http://tinyurl.com/6nonu5 [いめったー] joe_kuga 俺の嫁は尻じゃない - http://tinyurl.com/6pbk4d [いめったー] joe_kuga ひでえwwwいめったー酷すぎるwwwwww sakstyle @joe_kuga いめったーが GJ すぎるww
Dec 11th
Dec 11th
2 notes
Dec 11th
2 notes
Dec 11th
Dec 11th
Dec 11th
Dec 11th
“結論志向...”
– http://d.hatena.ne.jp/extinx0109y/20081210/1228898622
Dec 10th
“宗介について「虐待されてないとあんな子供にはなんないよ」という斎藤さんの臨床的発言に涙。”
– 斎藤環さんによる公開講座「ロリコンとアート」@芸大 http://d.hatena.ne.jp/kosuke_ikeda/20081029
Dec 10th
Dec 9th
10 notes
Dec 9th
“懐疑主義的に思える主張をする人の多くは、よく話を聞いてみると、実はもっと穏当な主張をしたがっているということがよくある。 ...”
– http://www.at-akada.org/blog/2008/12/post-276.html
Dec 7th
“幼少のころにホメロスの『イーリアス』に感動したのが、トロイア発掘を志したきっかけであるとされている。自身の著作にそのような記述あることから、長年、信じられてきたが...”
– ハインリッヒ・シュリーマン - Wikipedia (via raurublock) (via pdl2h) (via yuco) (via hanemimi)
Dec 4th
14 notes
“したがって、「概念分析」とは、論理学を使って明示的に推論を遂行することをその本義とするのではなく、また任意に規約を決めて、その中で既存の議論や理論を形式化すること...”
– 概念を分析するとはどういうことか
Dec 3rd
Dec 3rd
61 notes
Dec 1st
39 notes